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DATE : 2011.02.13 (Sun) 01:24
第19話より続く)

彼は「聖地巡礼」の際すでに訪れていたので、環境医学研究所は二度目である。
時間通りに到着した彼は、そこの教授と話をした後、研究室を見せてもらった。
その研究室は、彼が獣医学生時代に所属していた研究室と雰囲気も研究手法もよく似ていたので、ここならやっていけそうだと彼は思った。

彼の目的が医学博士号取得にあることを知った教授は、とりあえず月一回研究室で行われている勉強会に参加してみてはどうか、と提案した。
とにかく大学院入学の足がかりを得たい彼にとって、それは渡りに船のお話である。
宇宙医学実験センターが大学院生を募集していないことには落胆したものの、こうして彼は、環境医学研究所の研究員になる好機を得た。

いま、彼と宇宙とを隔てる「経歴」という絶壁に、一本の小さな楔が打ち込まれようとしている。

当時の彼の心理状態を知る手がかり――それは全く彼が意図したところではなかったが――は、掲示板で知り合った「メル友」達とのメールの記録である。
もう半年ほども続いている彼女達との文章のやり取りには、彼の行動や所感などがよく記されていて日記の様相を呈しているのだが、それにもかかわらずその中には宇宙についても大学院についても全く触れられていない。
彼にとって重大に違いないそのことを、ただ自分の心のうちにのみ秘めている心境は、如何なものであったろうか。


彼に起こった変化は、もうひとつあった。
彼は、2ヵ月後に開催される「高槻シティ国際ハーフマラソン」にエントリーしたのだ。
今まで走った距離の最高記録が約16km――それも最早3年も前――である彼にとって、初めての21kmは小さからぬ決断だったに違いない。

幾らか前に書店でトライアスロン誕生の物語に出会ったとき、3.9kmを泳ぎ、180kmを自転車で走った後、42.195kmのフルマラソンを完走するアイアンマンの凄絶さに、彼は憧憬の念を抱いたことだろう。
しかし、そのとき何かが彼に「それは不可能だ」と告げた。
それはいったい何者だったのか?

1960年代のアポロ計画の時代には、宇宙飛行士には並外れた強靭な体力が求められた。
その後の科学技術の進歩は、ただ単純に人を宇宙に送るだけならば、そのような強靭な体力を必要としなくなった。
しかし、宇宙飛行士候補者選抜で「金色の者達」と戦うことを考えれば、体力的に強い方が今も有利なことは間違いなかろう。

何か難関に遭遇したとき、その突破を妨げるのは、他の何者かというよりは、自分自身であることが少なからずある。
よくよく考えれば、誰かが彼に向かって「お前にアイアンマンなど無理だ」と言ったわけではない。
それを彼に告げたのは、幼少時代からマラソンが苦手だった彼の、自身の無意識ではなかったか?

そもそも、ある物事が実現不可能であるという論理的な証明が、いったいこの世のどこにあるのだろうか?
「わざわざ自分で自分の可能性を潰す必要もあるまい。」
彼は、自分がアイアンマンレースを完走できるようになる確固たる自信はなかったが、同時にそれが無理だと思い込む必要もないと考えた。

まずは、小さなところから積み上げていけばいい。
彼は、通勤の2.7kmの道のりを走って行くことにした。
2ヵ月後の「高槻シティ国際ハーフマラソン」に向けて。

第21話に続く)

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DATE : 2011.02.10 (Thu) 12:23
第18話より続く)

彼は、某大学の環境医学研究所なる施設の一部門が大学院生を募集していることを探し出すと、おもむろに連絡を取り始めた。
1998年10月26日に彼がその部門の教授宛に送ったメールには、11月末頃そこに行って話を聞きたいという旨が書かれている。
彼がその研究室の訪問の日程を1ヶ月も後に設定したのは、11月のはじめに「ハワイ獣医師会年次大会」なるイベントに参加することになっていたからだろう。

彼が勤務する動物病院では、勤務2年目のスタッフをその大会に参加させる慣習があった。
その表向きの目的は獣医学の最新の動向を掴んで来ることにあるが、実際には、日頃の激務を慰労するという、院長のイキな計らいでもある。
彼は、数日間の日程のうちある1日をサボり、ウインドサーフィンをレンタルしてハワイの海を満喫した。

ところで、環境医学研究所の教授にメールを送った時の彼の心境は、如何なものであったろう?
彼は、まだ会ったこともない、それも医学部の教授という近付き難い人物に宛てて、初めて送ったメールに行って話を聞きたいと書いている。
そこにはある毅然とした決意のようなものが窺える。

彼は、その教授からいつ返事がもらえるかと気がかりだったことだろう。
しかし、そのような懸念をよそに、次の日の朝には教授からメールが届いていた。
それは、我々の研究室では宇宙医学の研究はメインではないが、その関連の研究もやっており、見学は歓迎するという旨だった。


いつの日か自分が応募するであろう宇宙飛行士候補者選抜に応募してくるのは、どんな人物か?
それは、誰もが認める高い能力と、人も羨む輝かしい経歴とを持った、強者どもに違いない。
まだ見ぬその者達の姿を想像するとき、彼には、彼らが金色のオーラを身に纏っているかにさえ見える。

能力の不十分さもさることながら、彼は「獣医学科卒業後、獣医師として勤務」という今の自分の経歴だけでは、到底その強者どもと戦えないと踏んでいた。
宇宙を目指す彼の前には、「経歴」という越え難い絶壁が立ちはだかっている。
如何にしてそれを越えるか?

最も理想的なのは、宇宙医学の研究をして医学博士号を取ることだろう。
しかし、宇宙医学実験センターの大学院生への道が閉じられた今、彼は他の道を辿るより他ない。
仮に研究のテーマが宇宙医学と直接関係なくとも、「大学院医学研究科博士課程卒」であれば、何とかあの「金色の者達」と同じ土俵に立てるかもしれない――。

彼は、現実に実現できるか疑わしいその選択肢が、最も現実的だと考えた。
そのようなことを考えるうち、獣医の仕事と、歴史と数学と漢字の勉強と、「掲示板」のメールに明け暮れる1か月が過ぎた。
そして迎えた1998年11月27日の朝、おそらく断崖絶壁に挑む覚悟で、彼は環境医学研究所に向かう高速道路をただ独り飛ばす。

第20話に続く)

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DATE : 2011.02.09 (Wed) 07:38
第17話より続く)

すべての出会いは、後に振り返ってみると、それが必然であったと思われるものだ。

休日のある日、彼はお気に入りの瀟洒な紀伊国屋書店で本を眺めていた。
おそらくウインドサーフィンの本でも探しにスポーツコーナーに行ったのだろう。
何気なく雑誌を眺めていると、一冊の本が彼の目に留まった。

ページをめくってみると、そこにはトライアスロンの起源について書いてある。
およその内容は次のようである。

時は1977年、ハワイのとある酒場で、酔っ払ったアメリカの海兵隊員たちがこんな与太話をしていた。
「なぁ、ワイキキの水泳競技(3.9km)と、オアフ島一周の自転車競技(180.2km)と、ホノルルマラソン(42.195km)のうち、どれが一番すごいだろう?」
「う~ん、そいつは比べようがないな・・・」

そこで、ある男がこう言った。
「そりゃ、3つ全部やりゃそいつが一番だろ。」

そして翌年には本当にそれが実現し、15人の屈強な男達がこの気違いじみたレースに挑んだ。
酷暑のハワイでそのレースは過酷を極めたが、驚くべきことに12人がそれを完走したという。
その凄絶な男達は、アイアンマン(鉄人)と呼ばれた――

これを読んで、本屋の一画に立ち尽くしたまま彼は驚愕した。
「この世にそんな人間が存在するとは・・・!!」
これまで彼が走った中で一番長い距離といえば、せいぜい高校のマラソン大会で走った16.4kmである。

***

子供の頃、心身ともにひ弱だった彼は、体育の時間にマラソンをするといつもビリかビリ2だった。
そんな競技が楽しいはずもなく、彼はそれに恐怖と嫌悪と悲痛とが入り混じったような、痛ましい感情を抱いていた。
惨めなことに、その少年はマラソンだけでなく、体育の時間という存在自体が嫌いだった。

彼が中学校に上がってもそれは基本的に変わらなかったが、あるきっかけが彼を変えた。
彼が崇拝する「第1の女」が、学校のマラソン大会で女子の1、2を争うほどのデッドヒートを繰り広げたのだ。
自分も強くなりたい。いつまでもこんな弱っちいのはいやだ――

高校に進学し、部活を決める段になって彼はいくらか悩んだ。
その末に彼が選んだのは、陸上部だった。
長距離はダメだが、多少は速い短距離なら、なんとかやっていけるかもしれない・・・。

身長の割には心身が弱小なその少年の中に、そのとき既に「超人への憧れ」があったか否か。
陸上部の練習は決して楽ではなかったが、3年間の練習が彼の体と、そして恐らく心を鍛えた。
高校最後のマラソン大会では、彼は人並みに16.4kmを走れるようになっていた。

***

マラソンはおろか、ハーフマラソンすら走ったことのない彼には、アイアンマンは異次元の存在である。
その屈強な鉄人の姿は、彼が心に抱く「超人」のイメージと重なったかもしれない。
時として無謀に走る彼ではあるが、さすがにそれを目指す決意にまでは至らず、驚嘆の余韻を残したまま紀伊国屋を後にした。

しかし、あのとき彼がその本と出会わなければ、その後の彼は存在しない。

第19話に続く)

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DATE : 2011.02.08 (Tue) 02:57
第16話より続く)

1998年といえば、古川さん、星出さん、角野さん(後の山崎さん)の3人のISS宇宙飛行士候補者を生む選抜が行われた年である。
しかし、「自然科学系の研究、設計、開発等に3年以上の実務経験を有すること」という条件を満たさない彼には、まだその応募資格はない。
もしかしたらもう次の募集は二度とないかもしれないという状況で、その不確かな望みに「人生」をベットするという大博打は、ただ狂気のみが為せる業であろうか。

そのとき獣医2年目の彼がしていることは、3つある。
今まさに宇宙飛行士候補者選抜が行われているその時に彼がしているのは、そのいずれもが、すぐには目立った成果を生まない地味なものだ。
一つ目は、学生時代から引き続き行っている英語である。

実は、彼は英検準1級を取ったあと、大学時代に1級の試験を3回受けていた。
卒業して就職すると勉強時間がなくなるだろうから、学生のうちに短期決戦でケリを着けようとしたのだ。
彼が90日間休まず『松本亨英作全集』を続けて5巻までを終えるなどしたのは、まさにそのためであった。

もしそこで1級を取ることができれば、彼の人生はもっと鮮やかで華麗であったろうが、残念ながら結果は3回とも合格に程遠い「不合格B」であった。
彼は、英検1級と準1級との間の壁は、準1級と2級との間とは比べ物にならないほど厚いということを、その身に思い知らされた。
しかし彼はそれに懲りるでもなく、むしろいっそう闘志を燃やして、必ずやその頂を極めることを心に刻んだのだった。

彼が獣医時代に英語の勉強で具体的にしていたことは、学生時代から続く『松本亨英作全集』と、「Weekly MAINICHI」という英字新聞の購読である。
彼が英会話のレッスンを受けなかったのには、時間の調整が難しいという他にも理由があった。
それは、言葉を話すということが、究極的には作文に行きつくと彼が考えていたことによる。

彼は、英検準1級の2次試験対策で英会話学校に通ったことで、週に1、2回ただ漫然とレッスンを受けるだけでは会話力の伸びが頭打ちになることを、肌身にしみて感じていた。
英語で話そうとするとき――母国語もそうであろうが――には、頭の中で文を組み立てて、それを音として発音する。
流暢に話すことは、その過程を高速で行うことであり、おそらくネイティブはそれを無意識で行うレベルに達しているのだろう。

実用的な電子辞書も既に存在する時代ではあったが、彼は英字新聞などを読むとき、分からない単語はケンタッキーで自分の土産に買ってきた分厚い『ウェブスター英英辞典』で調べた。
しかし、アメリカの大学生が使うというその辞書は、日本人の英語学習者にはちと難解である。
初めの頃は、英英辞典で調べた項目の中にまた分からない単語があって、またその単語を調べて、というようなことを延々とやっていると、元の単語の意味がわかるまで10分以上かかることもあった。

ところで、彼には相変わらず自分がしたことの成果を確認したがる傾向があった。
例えば、本を読むときは巻頭に読み始めた日付を書き、巻末には読み終えた日付を書いた。
また、ピアノや語学で繰り返して練習をするときには、日付とともに何回行ったかを示す「正」の字を書いていった。

さらに偏執的なのは、彼が辞書で意味を調べるとき、調べた単語の左に赤色のペンでいちいち小さく丸印をつけていったことである。
女人に見られたら、まず嫌われそうな行動ではある。。
また、成果を確認したがる傾向の最たるものといえば、そもそも語学の習得度を測るのに検定制度を利用したことだろう。


彼が獣医時代にしていたことの二つ目は、数学や漢字や歴史などの、教養の勉強である。
そのいずれもが、習得度を測る検定制度があるものである。
そして彼がしたことの三つ目は、大学院進学の準備である。

宇宙医学実験センターが大学院生の募集をしていないことを知った彼は、他の研究室を探し始めた。
宇宙医学実験センターは環境医学研究所という施設の一部門なのだが、その研究所の他の部門も宇宙関連の研究をしているらしいという情報を、彼は「聖地巡礼」の際に得ていた。
自宅にネット環境がない彼は、またしてもネットカフェで環境医学研究所について調べ、その中のひとつの研究室が大学院生を募集していることを発見する。

また彼は、「聖地巡礼」の頃には小額ながら貯金を始めている。
まだ具体的にどこの大学院を目指すかは決まっていない段階ではあるが、大学院に行くことは心に決めていたのか、そのための学費を準備していたようだ。
そして、彼が休日のある日に書店で一冊の本に出会うのは、この頃である。

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DATE : 2011.02.06 (Sun) 01:08
第15話より続く)

出勤日には当たり前のように22~23時まで仕事がある上、毎週1回は必ず泊まりの当直があり、休日は英語や数学の勉強をしていたという彼の生活は、一体どれほど禁欲的でストイックだったのだろうか?


彼が獣医2年目だった1998年、彼の自宅のワンルームにはインターネットはおろかwindowsマシンすらなかった。
彼は白黒液晶の「ラップトップ」でMS-DOSを起動し、電話回線をアナログモデムに接続して「パソコン通信」に勤しんでいた。
彼が電話代と接続料金を気にしながら頻繁にアクセスしているのは、某ネットワークの「仲間募集」掲示板である。

はじめ彼は何気なくそれを眺めていたのだが、ズラっと並んだエントリーを見ると、たまに「メールくださーーい!!」などという書き込みがある。
投稿者は誰だと思って見てみると、女性である。
彼が面白半分に返信を送ってみたところ、なんと翌日にはその人から素敵なあいさつが来たではないか。

何でつまらぬはずがあろう?!
これに味をしめた彼は、「24歳OL。メル友募集中」などという書き込みを見るや、なりふり構わず片っ端から機関銃の如く返信を打ちまくった。
「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」で、彼はそのうち何人かとの定期的な文通の座を射止める。

歴史をひも解くと、その掲示板サービスは今日の「出会い系」サイトの源流のひとつであるらしい。
出会い系というと、殺人沙汰などもあって危険でいかがわしい感が拭えないが、当時はそんな犯罪や怪しげな業者もなく、人々が素朴に交友関係を築くことができた、牧歌的な古き良き時代であった。
男が女を求めるのに理由などあるまいが、異郷の地で苛烈な仕事に追われる彼にとって、休日の静寂と虚無感は身にしみたのかもしれない。

学生時代には女心を解さず、むしろそんなものに興味を持たぬことに誇りすら感じた彼であるが、今や事情は全く異なっていた。
彼はメール交換している相手の好きな本、映画、音楽、TVドラマなどを洗いざらい聞き出し、それを手当たり次第に見たり聴いたりして、世の女性の興味・関心・好みを貪欲に吸収していった。
人類の半数が女性であることを考えると、その世界を知らぬことは、この世の半分しか知らぬことといえるかもしれない。

それは、「第2の女」との終焉を思い出すとき、その原因に自分の人間としての「つまらなさ」があったのではないか、という反省にも基づいていた。
確かに、休日も休まず勉学や体の鍛錬に励むというのは立派には違いないが、そのような人物が必ずしも人に好かれたり尊敬されたりするわけではないということを、いつしか彼は悟っていた。
「精神の苦行僧」のような者は、宇宙飛行士にそぐわない。

それが功を奏してか、彼はついに文通相手との逢瀬に漕ぎつける。
世のプレイボーイからすれば彼の業など児戯に等しかろうが、彼はその「最盛期」には、過酷な日常の中でも週に3人の異なる女人と逢うなどという無体ぶりをカマしている。
しかし、これがあの1年前に公園のベンチに寝そべって己が不幸を嘆いた者かと、疑いたくなる程の豹変ぶりである。


また彼は、その夏にウインドサーフィンを始めた。
海のないところで育った彼にはそんな原風景などあるはずもないのだが、なぜか彼の心には、夕陽の海でウインドサーフィンをしている像が焼き付いていた。
それで、無性にやってみたくなったのである。

実際にやってみると、それは一日にして彼の心を捉えた。
青く大きな海と、肌を撫でて吹き抜ける風と、惜しみなくすべてを照らす黄金の太陽と――。
それさえあれば、彼は体の芯から体外に湧き出すような歓びに包まれる。

学生時代には、趣味ですら自分のミッションの一部に過ぎないものであったが、今の彼には宇宙を目指すこととウインドサーフィンを関連付けることなど、馬鹿馬鹿しくてどうでもよかった。
彼は、何か他のもののためでなく、自分自身のために心の底からそれを楽しむ。
海上で太陽を全身に浴びながらセイルを操る彼は、時間の存在を忘れている。

しかし彼は、宇宙の存在まで忘れたわけではない。
ある夏の日には、彼は朝にキーボードを弾き、昼は海でウインドサーフィンをした後、夜は『松本亨英作全集』の英作文をノートに5ページ書き綴っている。
女人と戯れるのもよいが、これこそが、彼が善しとする休日の過ごし方である。


彼がそのときこれを意識していたか否かは知る由もないが、彼が学生時代に読んだヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』の一節には、次のようにある。
死は人生の出来ごとにあらず。ひとは死を体験せぬ。
永遠が時間の無限の持続のことではなく、無時間性のことと解されるなら、
現在のうちに生きる者は、永遠に生きる。


第17話に続く)

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