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DATE : 2011.02.20 (Sun) 00:54
第24話より続く)

動物の病気が腎不全だと分かると、やるべき処置は点滴である。
点滴液を体温にまで暖め、輸液ラインを準備すると、彼は診察台の上に乗った12歳の痩せ気味の猫の背中に、緑色の柄のついた翼状針をぷすっと刺す。
そして親指でロックを外すと、透明な点滴液がポタポタと流れ始める。

ぽとん、ぽとん――

我々人間は、癌なり腎不全なりと宣告を受けると、自分はあとどれくらい生きられるかと考える。
では果たして、いま彼の目の前で点滴を受けている12歳の猫や、その他の動物たちはどうだろう?
彼らは、3年前について考えたり、3年後について考えたりするだろうか?

恐らく彼らには、時間という概念はない。
彼らは「自分は腎不全だから、あと数ヶ月しか生きられない」とは考えない。
彼らは、ただ「いま」を精一杯生きるのみだ。

人間の子供にも、時間という概念はない。
一昨日も明後日も、昨日も明日もなく、知らないうちに目が覚めて、知らないうちに眠り入る。
彼らは、時計の読み方と「時間」の概念を、親から「教わる」のだ。

そもそも「時間」という概念は、人間が「発明」したものではなかろうか?
物事の「はじめ」と「おわり」という概念もまた、我々が思うほど自明だろうか?
我々は、いったい何を根拠にこの世に「時間」なるものが存在し、かつそれが不可逆的にしか進行し得ないことを主張するのだろうか――?

ぽとん、ぽとん――

いつも通りおばちゃんが相手であれば、できるだけ明るい話題を探して会話を試みる彼も、今回ばかりはそうも行かない。
その猫の飼い主である若い女性は、大切な飼い猫が慢性腎不全と診断されてショックを受けている。
彼は神妙な面持ちで今後の治療方針などについて語り、出来る限りその飼い主の不安を取り除くように努めた。

慢性腎不全となると、食欲不振や吐き気などの症状を軽減するために、定期的に点滴を打つ必要が生じる。
点滴の頻度は症状により決まるが、比較的軽ければ2週間に1回、重ければ毎日で、通常は週に1、2回の通院点滴となる。
彼が初診を担当した12歳の猫もまた、その飼い主の女性と共に、数日後に点滴にやって来た。

その患者と飼い主は、2回目の診察もたまたままたまた彼に当たった。
これはイカサマなしの偶然である。
今度は彼女も心理的に多少余裕ができたのか、点滴を受けてじっと座っている猫をよそに、明るい世間話に花が咲いた。

数日後、彼はいつものように受付に行って、積まれているカルテの一番上の一枚を何気なく取る。
どんな患者かと思って飼い主の名前や前回の処置内容などを見てみると、驚いたことに、またしてもそれは彼が前回診察した12歳の慢性腎不全の猫と、その飼い主の彼女ではないか――。
もし他の獣医師が彼女を「スルー」したのでなければ(そうでないことを祈る!)、数ある患者の中から3回連続で偶然同じ患者に当たるというのは、天文学的とまでは言わぬにせよ、極めて低い確率でしか起こり得ない、奇跡的な現象といえる。

それ以来、その患者の担当獣医師は彼ということになった。
毎日多くの飼い主と話すのが獣医の仕事だとはいえ、常に誰とでも話が合う訳ではない。
しかし、その12歳の猫の飼い主の彼女とは、不思議とよく話が噛み合う。

猫に点滴を入れている間の「点滴トーク」で、彼も彼女もテニスをやることがわかり、「それじゃあ今度一緒にやりましょう」ということになった。
そして、それは彼にとってかつて経験のないことであったが、診察中に連絡先の交換をし、場所や日時なども決めると、二人は本当に逢ってしまった。
会社によっては「社内恋愛禁止」などというところもあるから、そのような基準からすれば、動物病院にとっては「取引先」とも言える飼い主と「逢う」などとは、言語道断ということになろう。


そのようなタブーを犯しつつ、英検の問題集や、月一回の環研の勉強会や、ウインドサーフィンなどで日々を過ごすうち、近づいて来るのは医学研究科の大学院の入学試験である。

第26話に続く)

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