category: 宇宙飛行士試験
DATE : 2011.02.16 (Wed) 00:19
DATE : 2011.02.16 (Wed) 00:19
(第21話より続く)
環境医学研究所(環研)の研究員の座を得て、月一回の勉強会に参加することになった彼は、その日に合わせて休日を取る。
彼の勤務する動物病院は24時間365日、夜間は急患のみとはいえ、正真正銘の年中無休である。
獣医師達は週一日の当直と週二日の休暇とを、自分の予定を考えつつ、互いに相談しながら決めるのだ。
盆や年末年始の当直はどうかというと、それは「相談」の結果下っ端がやることになる。
多少は空気が読めるようになって来た彼は、盆と正月の出勤を進んで申し出る。
此くして、彼が一年目と、恐らく二年目の年越しをしたのは、病院の当直室であった。
ちなみにこの「当直室」は、畳を2、3畳縦に並べたような細長い空間に、ソファーベッド一つと電話が置いてあるという、全く無駄のない、実に殺風景な代物である。
仮眠中に緊急の電話が掛かってくるのはあまり嬉しくないのだが、これはまだマシな方だ。
もっと恐ろしいのは、街も寝静まった漆黒の真夜中に、重体の患者を連れた飼い主さんが、何の前触れもなく入り口の扉を「ガンガンッ!」と激しく叩くことである。
そんな素敵な当直は、冬の寒い日がまた格別である。
彼の楽しみの一つは、当直室に受付のテレビを持ち込んで、深夜放送の「あしたのジョー」を観ることだ。
殺伐たる日々の中、明日に向かって戦い続ける主人公ジョーの姿に、彼は自分自身を重ねているのかもしれない。
それはさておき、環研の月一回の勉強会は通常夜の19時頃から始まるので、遠方の彼がそれに間に合うためには、遅くとも夕方前には自宅を出る必要がある。
時には肉体的にも過酷な仕事の合間の休日に、環研まで高速道路を使って片道約3、4時間の道のりを行く。
知らない人達の集いによそ者がひとりで行くのは、ヤクザのアジトに出向くような一種の緊張感があるが、知的エリート一味の溜まり場に乗り込んでいくのにも、やはり似たようなものがある。
環研の研究室に着くと、彼は下座はどこかと考えながら、小さい椅子を見つけて座る。
そして19時に勉強会が始まると、教授をはじめとする10数人が机を囲んで座り、難解な英語論文の読み合わせなどをみっちり22時頃まで行う。
それが終わると、慣れない場所で緊張して疲れたであろう彼は、昼来た長い道のりを、夜また飛ばして帰り行く。
これもまた、寒い冬が格別である。
真夜中の高速道路を独り行くのは、勉強会での若干の疲労とも相まって、否応なしに眠気を誘う。
そうなると、それ以上運転を続けるのは危険なので、パーキングエリアに車を止める。
そこは、とっくに閉まった真っ暗な小さい売店と、これまた古くて小さなトイレしかない、切れかかった蛍光灯がちらちらするようなシケた場所である。
そこの駐車場でエンジンをかけたまま、暖房をつけてもなお寒い狭い車内で、彼はシートを倒して仮眠を取る。
夜には電車もなく、夜行バスも使い勝手が悪いから、そうするよりほかどうしようもあるまい。
気がつくと空は薄明るくなっていて、「ああ、またやっちまった・・・」と思いながらむっくりと起き上ると、彼はおもむろに曇った窓ガラスを拭く。
数時間エンジンをつけっぱなしの車のサイドブレーキを降ろすと、仮眠でむしろ疲れてしまった体でアクセルを踏み込み、昇り来る太陽を背に彼は高速道路をまた飛ばし始める。
そして朝日の差す自宅に帰って着替えると、パンか何かを口に押し込んで、そのまま動物病院に行って仕事の一日が始まる。
ある意味で詫び寂びすら感じられるそんな休日は決して楽ではないが、それでも大学院入学の布石になるのなら、彼は喜んでそれをする。
自分の目標達成のためにそれが役立つと明確にわかる場合には、人は困難をものともしない。
そして彼は、大学院の入学試験がその年1999年の9月末にあることを知る。
(第23話に続く)
環境医学研究所(環研)の研究員の座を得て、月一回の勉強会に参加することになった彼は、その日に合わせて休日を取る。
彼の勤務する動物病院は24時間365日、夜間は急患のみとはいえ、正真正銘の年中無休である。
獣医師達は週一日の当直と週二日の休暇とを、自分の予定を考えつつ、互いに相談しながら決めるのだ。
盆や年末年始の当直はどうかというと、それは「相談」の結果下っ端がやることになる。
多少は空気が読めるようになって来た彼は、盆と正月の出勤を進んで申し出る。
此くして、彼が一年目と、恐らく二年目の年越しをしたのは、病院の当直室であった。
ちなみにこの「当直室」は、畳を2、3畳縦に並べたような細長い空間に、ソファーベッド一つと電話が置いてあるという、全く無駄のない、実に殺風景な代物である。
仮眠中に緊急の電話が掛かってくるのはあまり嬉しくないのだが、これはまだマシな方だ。
もっと恐ろしいのは、街も寝静まった漆黒の真夜中に、重体の患者を連れた飼い主さんが、何の前触れもなく入り口の扉を「ガンガンッ!」と激しく叩くことである。
そんな素敵な当直は、冬の寒い日がまた格別である。
彼の楽しみの一つは、当直室に受付のテレビを持ち込んで、深夜放送の「あしたのジョー」を観ることだ。
殺伐たる日々の中、明日に向かって戦い続ける主人公ジョーの姿に、彼は自分自身を重ねているのかもしれない。
それはさておき、環研の月一回の勉強会は通常夜の19時頃から始まるので、遠方の彼がそれに間に合うためには、遅くとも夕方前には自宅を出る必要がある。
時には肉体的にも過酷な仕事の合間の休日に、環研まで高速道路を使って片道約3、4時間の道のりを行く。
知らない人達の集いによそ者がひとりで行くのは、ヤクザのアジトに出向くような一種の緊張感があるが、知的エリート一味の溜まり場に乗り込んでいくのにも、やはり似たようなものがある。
環研の研究室に着くと、彼は下座はどこかと考えながら、小さい椅子を見つけて座る。
そして19時に勉強会が始まると、教授をはじめとする10数人が机を囲んで座り、難解な英語論文の読み合わせなどをみっちり22時頃まで行う。
それが終わると、慣れない場所で緊張して疲れたであろう彼は、昼来た長い道のりを、夜また飛ばして帰り行く。
これもまた、寒い冬が格別である。
真夜中の高速道路を独り行くのは、勉強会での若干の疲労とも相まって、否応なしに眠気を誘う。
そうなると、それ以上運転を続けるのは危険なので、パーキングエリアに車を止める。
そこは、とっくに閉まった真っ暗な小さい売店と、これまた古くて小さなトイレしかない、切れかかった蛍光灯がちらちらするようなシケた場所である。
そこの駐車場でエンジンをかけたまま、暖房をつけてもなお寒い狭い車内で、彼はシートを倒して仮眠を取る。
夜には電車もなく、夜行バスも使い勝手が悪いから、そうするよりほかどうしようもあるまい。
気がつくと空は薄明るくなっていて、「ああ、またやっちまった・・・」と思いながらむっくりと起き上ると、彼はおもむろに曇った窓ガラスを拭く。
数時間エンジンをつけっぱなしの車のサイドブレーキを降ろすと、仮眠でむしろ疲れてしまった体でアクセルを踏み込み、昇り来る太陽を背に彼は高速道路をまた飛ばし始める。
そして朝日の差す自宅に帰って着替えると、パンか何かを口に押し込んで、そのまま動物病院に行って仕事の一日が始まる。
ある意味で詫び寂びすら感じられるそんな休日は決して楽ではないが、それでも大学院入学の布石になるのなら、彼は喜んでそれをする。
自分の目標達成のためにそれが役立つと明確にわかる場合には、人は困難をものともしない。
そして彼は、大学院の入学試験がその年1999年の9月末にあることを知る。
(第23話に続く)
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