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DATE : 2011.02.21 (Mon) 01:42
第25話より続く)

1999年の8月頃になると、彼も迫り来る医学研究科の入学試験に備え始める。
環研に出入りする前は、それに受かるかどうか大いに懸念していた彼だが、その実情について教授から話を聞くと、懸念は少し和らいだ。
というのは、試験は大きく英語と専門分野の2科目に分かれているのだが、専門分野の採点はその教授自らが行うというのだ。

大学の研究室としては、バリバリと研究を進める若い労働力を常に求めているといってよい。
したがって、研究をやってみたいという者がある程度「行けそう」であれば、その者を採ってみたいと考える。
どうやら落とすのが目的の試験ではないらしい。

彼の動物病院では獣医師は通常3年契約であるから、3年目の獣医師が次の仕事をどうするかということが、自然と話題になる。
彼が大学院受験を考えていることを話すと、獣医師達は概ね「まぁ頑張れ」という反応だったが、看護師の中には「獣医が医学研究科になんかホンマに行けんの?!」という態度を露骨に表す者もある。
彼は内心「まぁ見てろ」と思いつつ、専門科目に重点を置いて対策を行う。

この頃の彼が、将来のビジョンを模索していた形跡が窺える。
経済的には、2002年までの財政プランを立て、奨学金を借りる必要性を認識している。
キャリアパス的には、最も理想的なコースとして、通常4年かかる課程を3年間で短縮卒業して宇宙開発事業団の研究者となり、2年ほどして宇宙飛行士候補者選抜に応募することを考えている。

経済的プランはいいとして、キャリアパスは傍目には大変楽観的で無謀に映るものだが、何も考えていないよりはマシといえよう。
1999年9月30日、彼は某大学の大学院医学研究科の入学試験を受験する。
その手応えは、英語も専門科目もぼちぼちというところであった。

後日彼は、10月26日付の合格通知を郵便で受け取った。
彼はそのことを家族や動物病院のスタッフに伝えたが、それに加えてもう一人知らせたのは、彼の担当患者である腎不全ネコの飼い主である。
この時既に彼と彼女はプライベートで何回か逢っていたが、大学院合格によって彼がその地を離れて遠方に行くことを知っても、彼女はとりあえずそれを祝福した。

大学院合格が決まると、彼の頭の中は来年の4月から新天地で始まる研究生活のことで次第に占められていく。
順調に行けば恐らくもう戻ってこないであろう小動物臨床の世界で、悔いのない仕事をやり遂げて行こう。
2000年の3月末、彼が獣医師として最後に担当したのは、奇しくも彼が最もやりがいを感じている心臓弁膜疾患の患者だった。

彼が3年間を過ごした動物病院での最後の夜、2年目の2人の獣医師が彼を飲みに誘った。
獣医師がローテーションで休みを取っていく彼の動物病院では、獣医師達の休みが合わないので、休日に一緒に遊びに行くということが難しい。
したがって、その動物病院ではスタッフの異動に際しても全員で歓迎会や送迎会を行うことが不可能で、それはやむを得ぬことではあるが、さびしいには違いない。

臨床獣医師から――荒っぽい言い方をすれば「足を洗って」――医学部に去って行く彼は、考え方によっては獣医界の「裏切り者」ともいえる。
さらに、重症患者や急患や、その他諸々のことでストレスに事欠かないその厳しい職場で、彼が彼らに対していつもいい人であったわけではないことを、彼自身よく分かっていた。
それでもなお且つわざわざ彼を送ってくれることが、彼にとってどれほど嬉しいことか――。

その最後の夜の居酒屋で、動物病院のスタッフでは彼らにだけ、彼は自分が宇宙を目指していることを打ち明ける。
彼らは、それを聞いて驚きを隠さなかったが、それを応援した。
そして、彼が宇宙を目指していることを告げていたもうひとりの人は、彼の担当患者の彼女である。

此くして、彼の3年間の獣医師時代は幕を閉じ、明日からは大学院での新しい時代が始まる。

第27話に続く)

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