category: 宇宙飛行士試験
DATE : 2011.03.10 (Thu) 03:18
DATE : 2011.03.10 (Thu) 03:18
(第38話より続く)
彼がNASDAのウェブサイトをインターネットエクスプローラのホームページにしたのはいつからだろうか。
ブラウザを立ち上げる度にそのサイトが開くようにしておけば、探している重要なニュースを見逃すまい。
そのようにして毎回NASDAのサイトのWhat’s new欄に目を凝らす彼は、注意深く獲物を捜し求める野獣に似ている。
長い長い空腹で苛立ちを募らせていた野獣の双眸に、獲物と思しきものが今ちらりとのぞく。
5ヶ月間見張り続けたこのサイトのWhat’s newに、つい先日まで見当たらなかった、小さなフォントで書かれた一文があるではないか。
「第52回国際宇宙連盟会議の参加学生の募集を開始しました。」
野獣の被毛が軽く逆立つ。
What’s newに新しく現れたそのリンクをクリックすると、謎に包まれていたIACへの学生派遣事業の全容が姿を現す。
獲物を眼中に捉えた野獣は、瞬きする間も惜しみつつ、これから始める狩りのための状況判断を始める。
会期:2001年10月1日~5日、開催地:フランス・トゥールーズ、宇宙開発に関心のある16人の学生を募集。
選抜は2次まで行われ、1次選抜の課題は宇宙開発に関する英文エッセイ1枚。
所属機関の指導者の推薦状を添え、6月22日に必着の事。
この募集要項を見た彼は、選抜に重要なポイントは3つあると踏んだ。
すなわち所属・専攻が相応しいこと、英語の能力があること、そして、何より宇宙への情熱があること。
宇宙医学実験センターを擁する環研であれば所属は問題なかろうから、勝負は、いかに熱意に満ちたエッセイを、堪能な英文で書くかにかかっている――。
これまでの8年間彼に許された「獲物」といえば、英検の試験やマラソンのレースくらいのものだ。
未だその獲得に至らず四苦八苦しているものの、それとて彼の主目的からすればオードブルの類に過ぎない。
いま彼は、初めて「宇宙」という名の付いた最上級の獲物を、その視界の圏内にはっきりと捉えたのである。
野獣がこの上ない歓喜に満ちたときに起こるのは、笑いの表情ではない。
それは脊髄にじわりと走る電気的興奮であり、体表に立つ鳥肌であり、全身にたぎるアドレナリンの血潮である。
この期に及んで躊躇するいかなる理由も見出せない彼は、最高の機会を与えられたことを天に感謝しつつ、長らく待ち続けたその獲物をめがけ、咆哮せんばかりの勢いでまッしぐらに走り出す。
彼にとって、これ以上におもしろくして、かつ重大な英作文など他にあろうか?
これを前にしては、教材としては素晴らしい『松本亨英作全集』の英作文も、自分の将来とは直接無関係な、無味乾燥な翻訳作業に過ぎない。
いま彼に求められているのは、8年間ありったけ溜め込んできた宇宙への思いを、8年間ありったけ鍛えてきた英語でもってぶッつけることであり、しかもそれに、他ならぬ彼の未来がかかっているのである。
しかし、これまでいかに英作文の練習を積んできたとはいえ、エッセイを完全無欠なものとするためにはネイティブによる添削が絶対に必要だと考えた彼は、万全を期して心当たりの人物にそれを頼んだ。
大学院生の彼は今年の4月からネイティブ講師による英会話の講義に出席していたので、その講師に事情を説明して添削を依頼したのである。
講師は快くそれを引き受け、彼の原稿を1日足らずで添削して返すと、彼に応援の言葉を送った。
エッセイができると後は所属機関の指導者の推薦状だが、こちらは彼の研究室の教授が快諾し、立派な文面をしたためて彼に渡した。
IAC派遣事業という獲物を前にして野獣さながらであった彼も、研究室の教授と英語の講師の助力なくしては無力だったことを思うと、彼らに感謝の意を表さずにはいられない。
審査員に熱意を示すにはギリギリよりも早目がよいと考えた彼は、期限より2週間早い6月8日、Join us at IAF2001事務局にエッセイ原稿と推薦状とを書留で発送した。
日頃お祈りの類をしない彼ではあるが、人が何事かの成就を心の底から求めるときは必ずそうするように、この時ばかりは我が事の成らんことを真摯に祈る。
(第40話に続く)
彼がNASDAのウェブサイトをインターネットエクスプローラのホームページにしたのはいつからだろうか。
ブラウザを立ち上げる度にそのサイトが開くようにしておけば、探している重要なニュースを見逃すまい。
そのようにして毎回NASDAのサイトのWhat’s new欄に目を凝らす彼は、注意深く獲物を捜し求める野獣に似ている。
長い長い空腹で苛立ちを募らせていた野獣の双眸に、獲物と思しきものが今ちらりとのぞく。
5ヶ月間見張り続けたこのサイトのWhat’s newに、つい先日まで見当たらなかった、小さなフォントで書かれた一文があるではないか。
「第52回国際宇宙連盟会議の参加学生の募集を開始しました。」
野獣の被毛が軽く逆立つ。
What’s newに新しく現れたそのリンクをクリックすると、謎に包まれていたIACへの学生派遣事業の全容が姿を現す。
獲物を眼中に捉えた野獣は、瞬きする間も惜しみつつ、これから始める狩りのための状況判断を始める。
会期:2001年10月1日~5日、開催地:フランス・トゥールーズ、宇宙開発に関心のある16人の学生を募集。
選抜は2次まで行われ、1次選抜の課題は宇宙開発に関する英文エッセイ1枚。
所属機関の指導者の推薦状を添え、6月22日に必着の事。
この募集要項を見た彼は、選抜に重要なポイントは3つあると踏んだ。
すなわち所属・専攻が相応しいこと、英語の能力があること、そして、何より宇宙への情熱があること。
宇宙医学実験センターを擁する環研であれば所属は問題なかろうから、勝負は、いかに熱意に満ちたエッセイを、堪能な英文で書くかにかかっている――。
これまでの8年間彼に許された「獲物」といえば、英検の試験やマラソンのレースくらいのものだ。
未だその獲得に至らず四苦八苦しているものの、それとて彼の主目的からすればオードブルの類に過ぎない。
いま彼は、初めて「宇宙」という名の付いた最上級の獲物を、その視界の圏内にはっきりと捉えたのである。
野獣がこの上ない歓喜に満ちたときに起こるのは、笑いの表情ではない。
それは脊髄にじわりと走る電気的興奮であり、体表に立つ鳥肌であり、全身にたぎるアドレナリンの血潮である。
この期に及んで躊躇するいかなる理由も見出せない彼は、最高の機会を与えられたことを天に感謝しつつ、長らく待ち続けたその獲物をめがけ、咆哮せんばかりの勢いでまッしぐらに走り出す。
彼にとって、これ以上におもしろくして、かつ重大な英作文など他にあろうか?
これを前にしては、教材としては素晴らしい『松本亨英作全集』の英作文も、自分の将来とは直接無関係な、無味乾燥な翻訳作業に過ぎない。
いま彼に求められているのは、8年間ありったけ溜め込んできた宇宙への思いを、8年間ありったけ鍛えてきた英語でもってぶッつけることであり、しかもそれに、他ならぬ彼の未来がかかっているのである。
しかし、これまでいかに英作文の練習を積んできたとはいえ、エッセイを完全無欠なものとするためにはネイティブによる添削が絶対に必要だと考えた彼は、万全を期して心当たりの人物にそれを頼んだ。
大学院生の彼は今年の4月からネイティブ講師による英会話の講義に出席していたので、その講師に事情を説明して添削を依頼したのである。
講師は快くそれを引き受け、彼の原稿を1日足らずで添削して返すと、彼に応援の言葉を送った。
エッセイができると後は所属機関の指導者の推薦状だが、こちらは彼の研究室の教授が快諾し、立派な文面をしたためて彼に渡した。
IAC派遣事業という獲物を前にして野獣さながらであった彼も、研究室の教授と英語の講師の助力なくしては無力だったことを思うと、彼らに感謝の意を表さずにはいられない。
審査員に熱意を示すにはギリギリよりも早目がよいと考えた彼は、期限より2週間早い6月8日、Join us at IAF2001事務局にエッセイ原稿と推薦状とを書留で発送した。
日頃お祈りの類をしない彼ではあるが、人が何事かの成就を心の底から求めるときは必ずそうするように、この時ばかりは我が事の成らんことを真摯に祈る。
(第40話に続く)
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