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DATE : 2011.02.10 (Thu) 12:23
第18話より続く)

彼は、某大学の環境医学研究所なる施設の一部門が大学院生を募集していることを探し出すと、おもむろに連絡を取り始めた。
1998年10月26日に彼がその部門の教授宛に送ったメールには、11月末頃そこに行って話を聞きたいという旨が書かれている。
彼がその研究室の訪問の日程を1ヶ月も後に設定したのは、11月のはじめに「ハワイ獣医師会年次大会」なるイベントに参加することになっていたからだろう。

彼が勤務する動物病院では、勤務2年目のスタッフをその大会に参加させる慣習があった。
その表向きの目的は獣医学の最新の動向を掴んで来ることにあるが、実際には、日頃の激務を慰労するという、院長のイキな計らいでもある。
彼は、数日間の日程のうちある1日をサボり、ウインドサーフィンをレンタルしてハワイの海を満喫した。

ところで、環境医学研究所の教授にメールを送った時の彼の心境は、如何なものであったろう?
彼は、まだ会ったこともない、それも医学部の教授という近付き難い人物に宛てて、初めて送ったメールに行って話を聞きたいと書いている。
そこにはある毅然とした決意のようなものが窺える。

彼は、その教授からいつ返事がもらえるかと気がかりだったことだろう。
しかし、そのような懸念をよそに、次の日の朝には教授からメールが届いていた。
それは、我々の研究室では宇宙医学の研究はメインではないが、その関連の研究もやっており、見学は歓迎するという旨だった。


いつの日か自分が応募するであろう宇宙飛行士候補者選抜に応募してくるのは、どんな人物か?
それは、誰もが認める高い能力と、人も羨む輝かしい経歴とを持った、強者どもに違いない。
まだ見ぬその者達の姿を想像するとき、彼には、彼らが金色のオーラを身に纏っているかにさえ見える。

能力の不十分さもさることながら、彼は「獣医学科卒業後、獣医師として勤務」という今の自分の経歴だけでは、到底その強者どもと戦えないと踏んでいた。
宇宙を目指す彼の前には、「経歴」という越え難い絶壁が立ちはだかっている。
如何にしてそれを越えるか?

最も理想的なのは、宇宙医学の研究をして医学博士号を取ることだろう。
しかし、宇宙医学実験センターの大学院生への道が閉じられた今、彼は他の道を辿るより他ない。
仮に研究のテーマが宇宙医学と直接関係なくとも、「大学院医学研究科博士課程卒」であれば、何とかあの「金色の者達」と同じ土俵に立てるかもしれない――。

彼は、現実に実現できるか疑わしいその選択肢が、最も現実的だと考えた。
そのようなことを考えるうち、獣医の仕事と、歴史と数学と漢字の勉強と、「掲示板」のメールに明け暮れる1か月が過ぎた。
そして迎えた1998年11月27日の朝、おそらく断崖絶壁に挑む覚悟で、彼は環境医学研究所に向かう高速道路をただ独り飛ばす。

第20話に続く)

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