category: 宇宙飛行士試験
DATE : 2011.03.02 (Wed) 07:35
DATE : 2011.03.02 (Wed) 07:35
(第31話より続く)
大学院に通うために獣医師の仕事を辞めた彼は、動物病院のある地から引っ越してきて実家に居候している。
両親にとって息子と暮らすのは嫌ではなかろうが、独り立ちしたと思った者が戻ってくるわけだから、慣れてくると嬉しいばかりでもなくなってくる。
彼の家は学問の家系というわけではないので、研究生活なるものに対し必ずしも理解があるわけではない。
彼の両親は、彼が「医学研究科で博士号を取りたい」と言ったとき反対はしなかったが、それはまさか自分たちの息子が医学部の大学院に入学できるなどとは考えていなかったからだろう。
また社会一般の目で見れば、彼の状況で宇宙を目指すというのは、実現可能性に大いに疑問符が付く。
したがって息子が宇宙を目指していることも、それを両手離しで応援するというよりは、一歩引いたところから見ている感がある。
そんな実家から、彼は片道2時間かけて大学院に通っている。
長い通学時間は一見ハンディーキャップに見えるが、使いようによっては逆に大きなアドバンテージになる。
電車の中というのは思いのほかいろいろとできるもので、毎日のその時間を積み重ねると、バカにならないほど大きな仕事ができる。
2ヵ月後に英検の試験に挑む彼は、書店で『英検pass単熟語1級』なる本を買ってきて通学電車の中で勉強している。
3年前に受験して不合格Bとなった英検1級の一次試験では、語彙・熟語の項目の得点が30点満点中8点で、読解力など他の項目と比べ明らかに低かったからである。
彼がこれまで『松本亨英作全集』で注力してきた英作文の配点はというと、満点が10点であるから、それよりは語彙・熟語の勉強に集中した方が一次試験対策としては上策だろう。
それに英語を実際に「使う」段になると、難しい文法よりも単語力がものをいう。
例えば、「衆議院」「二酸化炭素の排出」「火山の噴火」などといった言葉がとっさに出てこないと、会話は滞ってしまう。
宇宙飛行士の会話ともなれば、このような単語で「う~ん」と唸って考え込むようではお話になるまい。
単語の学習といえば、『ウェブスター英英辞典』で単語を調べたとき、その項目に赤丸をつけるという奇習が彼にはあった。
彼が7年前にケンタッキーで買ってきた、大きくて分厚いその辞書は、いつしかどのページを開いてもほぼ必ず赤丸が見つかるようになっていた。
それでもなお、彼の単語力は英検1級レベルには及ばないのである。
単語や熟語の勉強は、電車の中でするのにもってこいだ。
単熟語の教材(2000年当時はiPhoneなどのハイテク機器はなかったので、紙の本である)を見ると、1ページに載っている単語や熟語は概ね10数個だから、それを全部覚えるまで繰り返しやってもそれほど時間はかからない。
電車内にいる時間は決まっていて、しかもそれが毎日確保されているので、非常に計画的に勉強を進めることができる。
彼の勉強法はこうである。
本を開いて、そのページに載っている単熟語の意味を上から順に1個ずつ答えていき、合っていればチェックを入れる。
ページの最後まで行ったら一番上に戻り、チェックの入っていないものだけをもう一度答えていく。正解したらチェックを入れる。
こうすると、繰り返すうちに答えられない単熟語が減っていく。
そして全ての単熟語にチェックが入ったら、次のページに進む。
ページが進んでいくと、前に覚えた単熟語を忘れてしまっていることに気付いたりするが、気にせずどんどん進める。
彼が取り組んでいる『英検pass単熟語1級』はおよそ240ページあるので、1日4ページずつ進めていけば2カ月で1冊終えることができる。
単熟語をやるのは基本的に電車の中なのだが、1日のノルマを達成するのが難しいときは、教員の目を盗んで研究室でも実験の合間にやったりする。
彼は獣医学生時代にも講義中にこっそり語学の勉強をしたものだが、後に自らが就くことになる職業のことなどは知る由もあるまい。
満員電車で揉まれたり、人目を盗んだりしながらの勉強は楽ではない。
しかし、「宇宙に行くためにはこの単語を覚えることが必要だ」という思いが、彼を突き動かす。
困難に打ち克つ最大の武器は、明確な目標である。
2カ月後、彼がその本を一通りやり終えた時には、本の角が擦り切れていた。
彼は、一つの仕事をやり遂げたという達成感に浸った。
此くして迎えた2000年6月18日、彼は3年ぶり4度目の英検1級の試験に挑む。
(第33話に続く)
大学院に通うために獣医師の仕事を辞めた彼は、動物病院のある地から引っ越してきて実家に居候している。
両親にとって息子と暮らすのは嫌ではなかろうが、独り立ちしたと思った者が戻ってくるわけだから、慣れてくると嬉しいばかりでもなくなってくる。
彼の家は学問の家系というわけではないので、研究生活なるものに対し必ずしも理解があるわけではない。
彼の両親は、彼が「医学研究科で博士号を取りたい」と言ったとき反対はしなかったが、それはまさか自分たちの息子が医学部の大学院に入学できるなどとは考えていなかったからだろう。
また社会一般の目で見れば、彼の状況で宇宙を目指すというのは、実現可能性に大いに疑問符が付く。
したがって息子が宇宙を目指していることも、それを両手離しで応援するというよりは、一歩引いたところから見ている感がある。
そんな実家から、彼は片道2時間かけて大学院に通っている。
長い通学時間は一見ハンディーキャップに見えるが、使いようによっては逆に大きなアドバンテージになる。
電車の中というのは思いのほかいろいろとできるもので、毎日のその時間を積み重ねると、バカにならないほど大きな仕事ができる。
2ヵ月後に英検の試験に挑む彼は、書店で『英検pass単熟語1級』なる本を買ってきて通学電車の中で勉強している。
3年前に受験して不合格Bとなった英検1級の一次試験では、語彙・熟語の項目の得点が30点満点中8点で、読解力など他の項目と比べ明らかに低かったからである。
彼がこれまで『松本亨英作全集』で注力してきた英作文の配点はというと、満点が10点であるから、それよりは語彙・熟語の勉強に集中した方が一次試験対策としては上策だろう。
それに英語を実際に「使う」段になると、難しい文法よりも単語力がものをいう。
例えば、「衆議院」「二酸化炭素の排出」「火山の噴火」などといった言葉がとっさに出てこないと、会話は滞ってしまう。
宇宙飛行士の会話ともなれば、このような単語で「う~ん」と唸って考え込むようではお話になるまい。
単語の学習といえば、『ウェブスター英英辞典』で単語を調べたとき、その項目に赤丸をつけるという奇習が彼にはあった。
彼が7年前にケンタッキーで買ってきた、大きくて分厚いその辞書は、いつしかどのページを開いてもほぼ必ず赤丸が見つかるようになっていた。
それでもなお、彼の単語力は英検1級レベルには及ばないのである。
単語や熟語の勉強は、電車の中でするのにもってこいだ。
単熟語の教材(2000年当時はiPhoneなどのハイテク機器はなかったので、紙の本である)を見ると、1ページに載っている単語や熟語は概ね10数個だから、それを全部覚えるまで繰り返しやってもそれほど時間はかからない。
電車内にいる時間は決まっていて、しかもそれが毎日確保されているので、非常に計画的に勉強を進めることができる。
彼の勉強法はこうである。
本を開いて、そのページに載っている単熟語の意味を上から順に1個ずつ答えていき、合っていればチェックを入れる。
ページの最後まで行ったら一番上に戻り、チェックの入っていないものだけをもう一度答えていく。正解したらチェックを入れる。
こうすると、繰り返すうちに答えられない単熟語が減っていく。
そして全ての単熟語にチェックが入ったら、次のページに進む。
ページが進んでいくと、前に覚えた単熟語を忘れてしまっていることに気付いたりするが、気にせずどんどん進める。
彼が取り組んでいる『英検pass単熟語1級』はおよそ240ページあるので、1日4ページずつ進めていけば2カ月で1冊終えることができる。
単熟語をやるのは基本的に電車の中なのだが、1日のノルマを達成するのが難しいときは、教員の目を盗んで研究室でも実験の合間にやったりする。
彼は獣医学生時代にも講義中にこっそり語学の勉強をしたものだが、後に自らが就くことになる職業のことなどは知る由もあるまい。
満員電車で揉まれたり、人目を盗んだりしながらの勉強は楽ではない。
しかし、「宇宙に行くためにはこの単語を覚えることが必要だ」という思いが、彼を突き動かす。
困難に打ち克つ最大の武器は、明確な目標である。
2カ月後、彼がその本を一通りやり終えた時には、本の角が擦り切れていた。
彼は、一つの仕事をやり遂げたという達成感に浸った。
此くして迎えた2000年6月18日、彼は3年ぶり4度目の英検1級の試験に挑む。
(第33話に続く)
PR
←クリック一発ずつ、清き
一票をお願いします!
一票をお願いします!
●この記事にコメントする
忍者ブログ [PR]