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DATE : 2011.03.01 (Tue) 03:05
第30話より続く)

彼が論文抄読の「初陣」を終えた頃には、新年度が始まってから2週間ほどが経っていた。
毎日学術論文に読み耽る生活は、獣医師として患者や飼い主と接する生活とはかなりかけ離れたものである。
これまでの2週間を待つまでもなく、研究室に出入りし始めて2、3日した頃には、既に彼は獣医として働いていたのがもう遠い昔のことのように感じていた。

論文抄読の次の週からいよいよ彼が始めることになった研究のテーマは、「慢性炎症病態における冷痛覚過敏機構の解明」である。
平たく言えば、寒いときにリュウマチ患者の痛みが悪くなるのはなぜか、を調べる研究だ。
それは2年ほど前に獣医だった彼がネットカフェで描いていた宇宙医学の研究とは随分違うのだが、医学研究科に入学して博士号への道が開けただけでも、彼にとってはありがたいことだ。

それに、宇宙医学の研究の道が全く閉ざされているわけではない。
というのは、いま彼の研究室は「宇宙環境利用に関する地上研究の公募」なるものに応募しているからである。
これは宇宙開発事業団(JAXAの旧称)が委託している事業で、将来国際宇宙ステーション(ISS)で宇宙実験を行うための予備研究という位置づけのものである。

もしそれに採択されれば、彼の研究室と宇宙開発事業団との距離はグッと近くなり、宇宙飛行士候補者選抜を行うその組織で貴重な人脈を築けるに違いない。
そのプロジェクトの一つの目玉は、飛行機で上空に上がったあと自由落下することにより、20秒ほどの無重力状態を作り出す「パラボリックフライト」を用いて実験を行うことだ。
応募している研究提案が見事採択された暁には、彼もそのプロジェクトに加えると教授は言う。

ISSは、1年半ほど前の1998年10月――それはちょうど彼がこの研究室の教授にファーストコンタクトを取った頃――から建設が始まっていて、既に地球の上空約350kmにあり、90分に1回地球を回っている。
もしかしたら、いま応募している研究が何年か後にISSで行われるようになった時、宇宙でその実験をするのは、他ならぬ自分自身かもしれない――。
それは何ともナイーブな考えではあるが、もし彼の立場にあれば、その甘美な妄想を誰もが抱くに違いない。

宇宙を目指し始めて7年間、英語の勉強やマラソンなど個人的な活動をひたすら続けてきた彼だが、宇宙関連の人脈など皆無の彼は、孤島の一匹狼とでも言うべき存在であった。
ところが、いま彼が所属する環境医学研究所は、向井千秋さんの宇宙研究ミッションを計画し、地上からそれを管制して成功に導いた宇宙医学実験センターを擁する、全国有数の施設である。
このような「別星系」に来たことで、宇宙は彼にとって急激に身近な存在になった感があるが、この後に待ち受ける幾つかの運命のことを思えば、それとてまだまだ序の口に過ぎぬことを、彼は未だ知らない。


一方、宇宙医学の研究に思いを馳せつつ彼が始めたのは、しばらく休んでいた英検の勉強である。
獣医師時代、現状ではまだ力及ばぬことを重々分かっていた彼は、英検の勉強を続けつつも3年間試験を受けずに雌伏していたが、今や再びその戦いに挑むときだと考えたのだ。
彼にとって因縁のその試験は、あと2ヵ月後に迫っている。

第32話に続く)

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