category: 宇宙飛行士試験
DATE : 2011.03.11 (Fri) 02:15
DATE : 2011.03.11 (Fri) 02:15
(第39話より続く)
国際宇宙連盟会議(IAC)への「使節団」に選抜されるべく選考事務局に渾身の英文エッセイを送った彼は、ここで一息つくかに思われるが、7月中旬とされている結果発表まで彼はただ待っているだけではなかった。
実は、ベールに包まれていたIAC派遣事業の全貌が明らかになった1週間ほど後に、彼は教授からもう一つの衝撃的な情報を得ていたのだ。
NASDAの「宇宙環境利用研究システム・宇宙環境利用研究センター成果報告会」が、来る6月14日、日本の宇宙開発の中心地であるつくば宇宙センターで行われるというのである。
未だかつて訪れたことのない、NASDAの本拠地。
大学生のときも獣医師のときも、おぼろげながらに想像するのみだったその遠い存在が、いま期せずして急激に接近しようとしている。
彼は教授からの転送メールを受信するなり、直ちにそのイベントの参加計画を練り始めた。
交通を調べてみると、彼の実家から東京駅までが3時間、東京駅からつくば宇宙センターまでが1時間。乗り継ぎや会場への移動なども考えると、当日の朝に自宅を出ていたのでは10時のイベント開始に間に合わない。
東京で前泊という手もあるが、最愛のワインレッドメタリックのシルビアでさえ経済的困難から手放してしまっている彼には、そのような余裕はない。
コストカットのためにスーツを持って夜行バスで東京に向かう旅には、ある種の哀愁すら漂っているのだが、今や彼の新たな聖地となったその場所に赴くには、むしろ苦難の貧乏旅行の方がサマになるのかもしれない。
2001年6月14日の朝、空気も澄んで晴れ渡った青い空と、つくば宇宙センターの白く輝くビルとが、素晴らしいコントラストをなしている。
東京駅から1時間あまりのバス(まだつくばエクスプレスが走っていない当時は事実上唯一の交通手段)を降りて正門で受付を済ませた彼は、会場の研究開発棟に向かうのだが、53万平方メートルの広大な敷地内に様々なビルが点在する中のその場所は、初めはちょっと分かりにくい。
あちらかこちらかと頼りなさげに辺りを見回しながら歩くうち、何気なく目に入った歩道の脇の標識の8文字が、不意に彼の脳天を貫いた!
「宇宙飛行士養成棟」
その入り口に歩いていくと、ガラスのスライドドア越しにEVA(船外活動)用の真っ白い宇宙服の堂々たるディスプレーが見える。
彼が目指す宇宙飛行士たち――毛利さん、向井さん、土井さん、若田さん、野口さん、古川さん、星出さん、角野さん――は、日本にいる間はおそらくここを拠点に活動し、そのうちの何人かは、いま実際ここにいるのかもしれない!
勝手に入ったら怒られるだろうか――?
いつぞやの音楽棟を彷彿させる状況だが、流石にそこはセキュリティーが堅固で、ガラス越しに宇宙服と対峙してドアの真正面に立った彼は、残念ながらIDカードがなければその中に入れないことを発見した。
「いつかここに入るときが来るのだろうか・・・」
次にそこを訪れる時に思いを馳せつつ、彼は目的のイベント会場に移動した。
10時30分から17時まで行われたNASDAの成果発表会は、会場や発表内容や参加者のやり取りなど、彼にとって新鮮で興味深いものであった。
彼のもう一つの収穫は、NASDAのライフサイエンス分野にどのような人物がいるかを知り、かつその人物達をその目で間近に見たことである。
彼は、NASDAの組織・人員構成の偵察と、宇宙飛行士養成棟との予想外の出会いという成果を引っさげて、つくば宇宙センターを後にした。
このNASDAとのファーストコンタクトは彼にとって歴史的な出来事だが、その3日後には、今回で5回目となる因縁の英検1級の試験が彼を待っている。
(第41話に続く)
国際宇宙連盟会議(IAC)への「使節団」に選抜されるべく選考事務局に渾身の英文エッセイを送った彼は、ここで一息つくかに思われるが、7月中旬とされている結果発表まで彼はただ待っているだけではなかった。
実は、ベールに包まれていたIAC派遣事業の全貌が明らかになった1週間ほど後に、彼は教授からもう一つの衝撃的な情報を得ていたのだ。
NASDAの「宇宙環境利用研究システム・宇宙環境利用研究センター成果報告会」が、来る6月14日、日本の宇宙開発の中心地であるつくば宇宙センターで行われるというのである。
未だかつて訪れたことのない、NASDAの本拠地。
大学生のときも獣医師のときも、おぼろげながらに想像するのみだったその遠い存在が、いま期せずして急激に接近しようとしている。
彼は教授からの転送メールを受信するなり、直ちにそのイベントの参加計画を練り始めた。
交通を調べてみると、彼の実家から東京駅までが3時間、東京駅からつくば宇宙センターまでが1時間。乗り継ぎや会場への移動なども考えると、当日の朝に自宅を出ていたのでは10時のイベント開始に間に合わない。
東京で前泊という手もあるが、最愛のワインレッドメタリックのシルビアでさえ経済的困難から手放してしまっている彼には、そのような余裕はない。
コストカットのためにスーツを持って夜行バスで東京に向かう旅には、ある種の哀愁すら漂っているのだが、今や彼の新たな聖地となったその場所に赴くには、むしろ苦難の貧乏旅行の方がサマになるのかもしれない。
2001年6月14日の朝、空気も澄んで晴れ渡った青い空と、つくば宇宙センターの白く輝くビルとが、素晴らしいコントラストをなしている。
東京駅から1時間あまりのバス(まだつくばエクスプレスが走っていない当時は事実上唯一の交通手段)を降りて正門で受付を済ませた彼は、会場の研究開発棟に向かうのだが、53万平方メートルの広大な敷地内に様々なビルが点在する中のその場所は、初めはちょっと分かりにくい。
あちらかこちらかと頼りなさげに辺りを見回しながら歩くうち、何気なく目に入った歩道の脇の標識の8文字が、不意に彼の脳天を貫いた!
「宇宙飛行士養成棟」
その入り口に歩いていくと、ガラスのスライドドア越しにEVA(船外活動)用の真っ白い宇宙服の堂々たるディスプレーが見える。
彼が目指す宇宙飛行士たち――毛利さん、向井さん、土井さん、若田さん、野口さん、古川さん、星出さん、角野さん――は、日本にいる間はおそらくここを拠点に活動し、そのうちの何人かは、いま実際ここにいるのかもしれない!
勝手に入ったら怒られるだろうか――?
いつぞやの音楽棟を彷彿させる状況だが、流石にそこはセキュリティーが堅固で、ガラス越しに宇宙服と対峙してドアの真正面に立った彼は、残念ながらIDカードがなければその中に入れないことを発見した。
「いつかここに入るときが来るのだろうか・・・」
次にそこを訪れる時に思いを馳せつつ、彼は目的のイベント会場に移動した。
10時30分から17時まで行われたNASDAの成果発表会は、会場や発表内容や参加者のやり取りなど、彼にとって新鮮で興味深いものであった。
彼のもう一つの収穫は、NASDAのライフサイエンス分野にどのような人物がいるかを知り、かつその人物達をその目で間近に見たことである。
彼は、NASDAの組織・人員構成の偵察と、宇宙飛行士養成棟との予想外の出会いという成果を引っさげて、つくば宇宙センターを後にした。
このNASDAとのファーストコンタクトは彼にとって歴史的な出来事だが、その3日後には、今回で5回目となる因縁の英検1級の試験が彼を待っている。
(第41話に続く)
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