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DATE : 2011.04.18 (Mon) 04:44
第51話より続く)

長年やっているプロならば話は別だが、研究を始めてから成果が出始めるのには、おそらくどの分野にしろある程度の時間がかかる。
まず実験の技術を習得するのに数ヶ月かかることは珍しくないし、さらに自分の研究の学問的な位置づけについて把握するのは、もっと時間がかかる。
したがって、通常は4年間である大学院医学研究科の課程をあわよくば3年で終えようとするのは、期待先行のナイーブな思い込みであることが少なくない。

自分の研究の実験が思うように進まなかったり、さらにはそれに耐えられずに辞めてしまう大学院生などを目の当たりにしたりすると、研究の世界の厳しさが分かってくる。
彼も大学院に入学した当初――それはかれこれ2年前になるが――は、意味のある実験データが出てこないことで半年ほど苦しんだ。
しかし、その後に彼が始めた新しい実験は、それまでの停滞が嘘のように成果を生み始める。

彼の実験は、ラットに麻酔をかけて顕微鏡下でたった一本の神経線維から電気信号を記録するという、職人芸的に難しいものである。
その困難にもかかわらず彼をそれに立ち向かわせたのは、「俺は獣医だ!」という譲れない一線に他ならない。
もし動物を取り扱うプロである獣医師が「動物の神経活動の記録なんてできません。。」などと言おうものなら、獣医としての能力はおろか、下手をすると人格すら疑われかねないのではないか?

その実験は、一旦始めると長丁場になるので、仮に朝から始めたとしても終電前に終わる保証はない。
したがって、彼は売店で夜食を買い込んでから徹夜を覚悟で実験を始めるのが常である。
おそらく傍目にはそんな風には見えないだろうが、彼はおにぎりやカップヌードルをかごに入れているときから、徐々に戦闘態勢に入っていく。

そして、いよいよその日の戦いが始まる。
麻酔導入後に気管切開してカニューレを挿入し、頚静脈には輸液ラインを、頚動脈には血圧プローブを挿入して縫合糸で結紮(けっさつ)する。
強さの加減を間違えると気管が破れてしまってカニューレ挿入どころではなくなるし、また特に頚動脈は、ごくわずかな操作の誤りが大量の出血を呼び、あっという間に「血の海」となってしまってデータ収集などおぼつかない。

気管、頚静脈、頚動脈の処置がまともにできるようになるまでにはある程度――人によっては数ヶ月、あるいはそれに耐えられないかもしれない――の修行が必要だが、肝心な実験データの取得はこの先の手順にある。
足底部(足の裏)の支配神経である腓腹(ひふく)神経を露出するのは肉眼で可能だが、そこから一本の神経線維を取り出すのは、顕微鏡下でなくては不可能だ。
目的は神経活動を記録することであるから、太さ数ミクロンというごく細い組織を、無傷のままで電極の上に乗せなくてはならない。

わずかに引っ張ったりつまんだりするだけで死んでしまう神経を、生きたまま――それもたった一本だけ――電極に乗せるのは、かなりの熟練を要する。
しかも仮にうまく行っているとしても、それが足底部からの感覚神経でなければ意味がない。
この手技が本当にうまく行くと、足の裏を触ったときにそのタイミングに完全に一致してオシロスコープ上で波形が現れ、接続されたスピーカーから「パツッ」という短い音がする。

実験装置のセットアップを開始してからこの状態に持ってくるまでに――神経活動が一回も出ないまま終わってしまうこともあるが――5、6時間はかかるのだが、ここからやっとデータの記録が始まる。

第53話に続く)

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