category: 仕事
DATE : 2010.12.07 (Tue) 07:32
DATE : 2010.12.07 (Tue) 07:32
昨日から出張で浜松町に来ている。
ここ数年で気づくようになったのだが、新しいアイデアは出張中に浮かぶことが多い。
アイデアというか、インスピレーションというか…。
とにかく、今までと違うことに「ハッ」と気づくことがある。
この「ハッ」と体験は、仕事に関することもあれば、もっと広く自分の生き方そのものについてのこともある。
昨日は、居酒屋で友人たちと一杯やってきた。
外資系証券会社と、コカ・コーラというのは、私のような大学研究者とはかなり違う分野。
そんな友人たちの日ごろの生活とか、社会観とか、愛読書について聞くことができたのは、よい刺激だった。
また、学会やワークショップでは、自分と少し(あるいはかなり)違う専門分野の人の話を聞いたり、一緒に話すことがある。
そこで受ける刺激やインスピレーションも大きい。
だから、最近積極的に出張を作るように心掛けている。
今回の旅では、何を得ることができるだろうか?
ここ数年で気づくようになったのだが、新しいアイデアは出張中に浮かぶことが多い。
アイデアというか、インスピレーションというか…。
とにかく、今までと違うことに「ハッ」と気づくことがある。
この「ハッ」と体験は、仕事に関することもあれば、もっと広く自分の生き方そのものについてのこともある。
昨日は、居酒屋で友人たちと一杯やってきた。
外資系証券会社と、コカ・コーラというのは、私のような大学研究者とはかなり違う分野。
そんな友人たちの日ごろの生活とか、社会観とか、愛読書について聞くことができたのは、よい刺激だった。
また、学会やワークショップでは、自分と少し(あるいはかなり)違う専門分野の人の話を聞いたり、一緒に話すことがある。
そこで受ける刺激やインスピレーションも大きい。
だから、最近積極的に出張を作るように心掛けている。
今回の旅では、何を得ることができるだろうか?
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category: 未選択
DATE : 2010.12.05 (Sun) 22:52
DATE : 2010.12.05 (Sun) 22:52
明日から3日間、東京に出張。
機械制御のためのソフトウエア"LabVIEW"の研修を受けるため。
実習で、ロボットの制御などもやるらしい。
コンピュータや機械を操作するのが好きなので、非常に楽しい経験になりそう。
初めて羽田空港に行くのも楽しみだ。
羽田で香港機が足止めされたというハプニングもあったようだが、国内線はおそらく問題ないだろう。
先日このブログで書いた「マスメディアの死」の続編は、もう少し内容を練ってからupします。
機械制御のためのソフトウエア"LabVIEW"の研修を受けるため。
実習で、ロボットの制御などもやるらしい。
コンピュータや機械を操作するのが好きなので、非常に楽しい経験になりそう。
初めて羽田空港に行くのも楽しみだ。
羽田で香港機が足止めされたというハプニングもあったようだが、国内線はおそらく問題ないだろう。
先日このブログで書いた「マスメディアの死」の続編は、もう少し内容を練ってからupします。
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category: 歴史考
DATE : 2010.12.04 (Sat) 23:56
DATE : 2010.12.04 (Sat) 23:56
昨日、科学の歴史を塗り替える大発見が発表された。
もしかすると、人類の歴史を塗り替える可能性も十分にある。
「宇宙人を発見」というのも、まんざらウソではない。
この発見を一言でいえば、「細胞生物が例外なく持っているDNAの成分として、リンでなくヒ素を使うことができる生物が見つかった」ということになるだろう。
・・・何がそんなに凄いのか?
その生物を強引に擬人化すれば、「パンの代わりに石を食べることができて、しかも石を体の成分として使える人」とでもいえるだろうか。
生物を勉強した人なら知っていることだが、DNAの成分といえば炭素、水素、酸素、窒素、リンに決まっている。
これまでは、それ以外にはありえないとされてきた。(厳密にいえば、リンの代わりにヒ素を使う生物の存在は、理論的には予測されていたらしい)
リンの代わりにヒ素を使う生物というと、まるで地球上の生物ではないかのような感じがするが、それが「カリフォルニアの湖にいました!」というのはなんとも不思議だ。
生物学的に詳しい解説は他サイトに譲るとして、この発見の医学的な応用について考えてみると、全く新しいタイプの薬や治療法が開発される可能性はある。
というか、私ならその可能性を探るだろう。
後世を大きく変える発見のときにこの世に生きていられたのは、何と幸運なことだろう!
物事の、本当の基礎の部分の理解が塗り替わったとき、それが私たちの生活をどう変えるのかについて、すぐには分からない。
しかし、私たちの生活を革命的に変えるのは、そういう発見なのだ。
まったくワクワクする話だ。
もしかすると、人類の歴史を塗り替える可能性も十分にある。
「宇宙人を発見」というのも、まんざらウソではない。
この発見を一言でいえば、「細胞生物が例外なく持っているDNAの成分として、リンでなくヒ素を使うことができる生物が見つかった」ということになるだろう。
・・・何がそんなに凄いのか?
その生物を強引に擬人化すれば、「パンの代わりに石を食べることができて、しかも石を体の成分として使える人」とでもいえるだろうか。
生物を勉強した人なら知っていることだが、DNAの成分といえば炭素、水素、酸素、窒素、リンに決まっている。
これまでは、それ以外にはありえないとされてきた。(厳密にいえば、リンの代わりにヒ素を使う生物の存在は、理論的には予測されていたらしい)
リンの代わりにヒ素を使う生物というと、まるで地球上の生物ではないかのような感じがするが、それが「カリフォルニアの湖にいました!」というのはなんとも不思議だ。
生物学的に詳しい解説は他サイトに譲るとして、この発見の医学的な応用について考えてみると、全く新しいタイプの薬や治療法が開発される可能性はある。
というか、私ならその可能性を探るだろう。
後世を大きく変える発見のときにこの世に生きていられたのは、何と幸運なことだろう!
物事の、本当の基礎の部分の理解が塗り替わったとき、それが私たちの生活をどう変えるのかについて、すぐには分からない。
しかし、私たちの生活を革命的に変えるのは、そういう発見なのだ。
まったくワクワクする話だ。
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category: 歴史考
DATE : 2010.12.03 (Fri) 04:58
DATE : 2010.12.03 (Fri) 04:58
マスメディアが死のうとしている。
最近、その兆候をいろんなところで見ることができる。
一番わかりやすいのは、本の出版だろう。
書籍を電子メディアで提供する技術は、紙に文字を印刷して物理的に届ける「出版」というものの必要性を著しく低めてしまった。
これまで作家は自分の著作を大衆に届ける方法として、出版社を介するしかなっかた。
しかし、今ではそれよりはるかにスケールの小さい電子出版の窓口を使って、同じ著作を瞬時に全世界に発信することができる。
電子書籍を読む端末が普及しつつあることは、先日「本をトイレで買う時代」で紹介したとおりだ。
今までは商業的に儲からない書籍は自費出版するしかなかったが、書籍を公開するだけならばネット上で無料で行うことができる。
このブログも、短いごちゃ混ぜの文章の集まった書籍とみなすことができる。
いまや、私たち個人が小さな出版社なのだ。
次にわかりやすい例は、ラジオだろう。
音声情報をインターネットで伝達する技術は、電波を介して音楽・音声番組を届ける必要性をなくしてしまった。
日本ではあまりないように思うが、音楽だけを選んで放送するような番組ならば、ラジオ局が存在する意義は限りなく低い。(というか、もうすでに絶滅してしまったのだろうか…?)
なぜなら、音楽の使用権を個人が得る制度はすでに整いつつあり、あとは適切な音楽を選んでプレイリストを作りさえすれば、ネットを介して誰にでも音楽放送ができてしまうからだ。
すでにインターネットラジオが存在し、それこそ聞ききれないほどのたくさんのジャンルの音楽番組や、世界各国のラジオ番組を無料で聴くことができる。
そして、これは衝撃的なことなのだが、ustreamは個人がリアルタイムで映像・音声番組を放送することを、すでに可能にしている。
いわば、私たち個人がラジオ局を通り越して、すでにもう小さな生放送のテレビ局なのだ!
私もustreamのアカウントを作って試しにやってみたが、これは面白い。
しかし逆に言うと、iPhoneなどのスマートフォンは潜在的に全世界生放送のカメラなわけだ。
恐るべし。
他のマスメディアには新聞やテレビがあるが、これは次回に語りたい。
最近、その兆候をいろんなところで見ることができる。
一番わかりやすいのは、本の出版だろう。
書籍を電子メディアで提供する技術は、紙に文字を印刷して物理的に届ける「出版」というものの必要性を著しく低めてしまった。
これまで作家は自分の著作を大衆に届ける方法として、出版社を介するしかなっかた。
しかし、今ではそれよりはるかにスケールの小さい電子出版の窓口を使って、同じ著作を瞬時に全世界に発信することができる。
電子書籍を読む端末が普及しつつあることは、先日「本をトイレで買う時代」で紹介したとおりだ。
今までは商業的に儲からない書籍は自費出版するしかなかったが、書籍を公開するだけならばネット上で無料で行うことができる。
このブログも、短いごちゃ混ぜの文章の集まった書籍とみなすことができる。
いまや、私たち個人が小さな出版社なのだ。
次にわかりやすい例は、ラジオだろう。
音声情報をインターネットで伝達する技術は、電波を介して音楽・音声番組を届ける必要性をなくしてしまった。
日本ではあまりないように思うが、音楽だけを選んで放送するような番組ならば、ラジオ局が存在する意義は限りなく低い。(というか、もうすでに絶滅してしまったのだろうか…?)
なぜなら、音楽の使用権を個人が得る制度はすでに整いつつあり、あとは適切な音楽を選んでプレイリストを作りさえすれば、ネットを介して誰にでも音楽放送ができてしまうからだ。
すでにインターネットラジオが存在し、それこそ聞ききれないほどのたくさんのジャンルの音楽番組や、世界各国のラジオ番組を無料で聴くことができる。
そして、これは衝撃的なことなのだが、ustreamは個人がリアルタイムで映像・音声番組を放送することを、すでに可能にしている。
いわば、私たち個人がラジオ局を通り越して、すでにもう小さな生放送のテレビ局なのだ!
私もustreamのアカウントを作って試しにやってみたが、これは面白い。
しかし逆に言うと、iPhoneなどのスマートフォンは潜在的に全世界生放送のカメラなわけだ。
恐るべし。
他のマスメディアには新聞やテレビがあるが、これは次回に語りたい。
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DATE : 2010.12.02 (Thu) 02:40
DATE : 2010.12.02 (Thu) 02:40
●性同一性障害小6男児、中学も女子生徒として通学
心の性が、体の性と異なることで精神的苦痛を受ける人がいる。
一昔前では、彼らは精神的異常者かのように扱われてきたが(それは誤解だが)、最近ではその存在が広く認められつつあるようだ。
この問題の本質は何だろうか。
人間に対して、社会は男か女かいずれかの性別としてふるまうことを期待する。
その性別が、社会が決定する性別と異なる場合に、問題が生じる。
現代社会では、「人間は生物学的に男か女いずれかの性に分類される」という、暗黙の了解がある。
しかし、それは必ずしも当てはまらない。
例えば、外生殖器(「タマタマ」など)の構造によって性別を決めようとすると、生殖器の分化が完全でない場合(精巣と卵巣を同時に持つ真性半陰陽など)は判断に困ってしまう。
また遺伝学的には、一般的に性染色体がXX型であれば女性、XY型であれば男性とされるが、稀にXXYやXXYYなどの型を示すことがあり、ここでも完全な性別の定義はできない。
そもそも、「人間の性別は生物学的に一意に定まる」という仮定自体に誤りがあるのだ。
私がこれをはじめて知ったときは衝撃的だった。
次に、仮に染色体型が「一般的な」XXかXY型であり、生物学的に性が決定されても、自分が認識する性がそれとは異なる場合がある。
これがいわゆる性同一性障害だ。
その原因はまだ完全には解明されていないが、脳の分化が身体的な性と反対の性に進むことが考えられている。
これは本人の意思や努力とは無関係に起こることであって、その責任がその人にあるわけではない。
この事実も、私にとって衝撃的だった。
性同一性障害に関する問題の本質は、誤解にあるといっていい。
「人間は男か女かのどちらかに決まっていて、その性別の役割を演じるのが自然である」という誤解だ。
その誤解が解ければ、心の性と体の性が異なることで苦痛を受ける人はいなくなるだろう。
冒頭で紹介した記事によると、性同一性障害の男児は、女児として中学に進む。
つまり、少なくとも「彼女」の地元の教育委員会は性同一性障害について理解しているということだ。
今後も性同一性障害についての理解が広がり、精神的に苦痛を受ける人がいなくなることを期待したい。
心の性が、体の性と異なることで精神的苦痛を受ける人がいる。
一昔前では、彼らは精神的異常者かのように扱われてきたが(それは誤解だが)、最近ではその存在が広く認められつつあるようだ。
この問題の本質は何だろうか。
人間に対して、社会は男か女かいずれかの性別としてふるまうことを期待する。
その性別が、社会が決定する性別と異なる場合に、問題が生じる。
現代社会では、「人間は生物学的に男か女いずれかの性に分類される」という、暗黙の了解がある。
しかし、それは必ずしも当てはまらない。
例えば、外生殖器(「タマタマ」など)の構造によって性別を決めようとすると、生殖器の分化が完全でない場合(精巣と卵巣を同時に持つ真性半陰陽など)は判断に困ってしまう。
また遺伝学的には、一般的に性染色体がXX型であれば女性、XY型であれば男性とされるが、稀にXXYやXXYYなどの型を示すことがあり、ここでも完全な性別の定義はできない。
そもそも、「人間の性別は生物学的に一意に定まる」という仮定自体に誤りがあるのだ。
私がこれをはじめて知ったときは衝撃的だった。
次に、仮に染色体型が「一般的な」XXかXY型であり、生物学的に性が決定されても、自分が認識する性がそれとは異なる場合がある。
これがいわゆる性同一性障害だ。
その原因はまだ完全には解明されていないが、脳の分化が身体的な性と反対の性に進むことが考えられている。
これは本人の意思や努力とは無関係に起こることであって、その責任がその人にあるわけではない。
この事実も、私にとって衝撃的だった。
性同一性障害に関する問題の本質は、誤解にあるといっていい。
「人間は男か女かのどちらかに決まっていて、その性別の役割を演じるのが自然である」という誤解だ。
その誤解が解ければ、心の性と体の性が異なることで苦痛を受ける人はいなくなるだろう。
冒頭で紹介した記事によると、性同一性障害の男児は、女児として中学に進む。
つまり、少なくとも「彼女」の地元の教育委員会は性同一性障害について理解しているということだ。
今後も性同一性障害についての理解が広がり、精神的に苦痛を受ける人がいなくなることを期待したい。
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