category: 宇宙飛行士試験
DATE : 2011.01.27 (Thu) 23:57
DATE : 2011.01.27 (Thu) 23:57
(第8話より続く)
彼があれほど苦しんだのは、いったいなぜだろう。
もし彼が欲したものが単なる一時の快楽だったら、彼はあれほど深い淵に沈んだろうか?
もし彼が望んだ「高み」が大したものでないなら、彼はあれほど絶望しただろうか?
鴨長明の『方丈記』の有名な一節に、
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし。」
とある。
彼が彼女――それは疑いもなく彼の「第2の女」である――とともにあったという事象は、彼の人生の流れという河、あるいはこの世の流れという河に浮かぶ、ひとつの「泡沫(うたかた)」であった。
ではその泡沫は、1995年とその翌年という有限の時間にのみ存在した、その後二度と誰にも振り返られることのない、単なる無意味な一個の現象だったのだろうか?
そして、その泡沫は二度と現れないのだろうか?
彼が好きな歌に、山崎まさよしの「One more time, One more chance」がある。
その一節には、「命が繰り返すならば 何度も君のもとへ」とある。
もし閻魔大王か誰かが「汝、また地獄の苦しみを味わうとも再び「あの時」を欲するか?」と問うなら、彼は結局こう答えるだろう。
「然り。」
と。
彼の人生には後にも幾多の辛酸、苦悩、そして困難が待ち受けているが、今なお彼が「絶望」と呼ぶのはあの時だけである。
英検準1級に到達した彼は、英検最後の頂きである1級へ至る道を探し始める。
そして書店の英語コーナーの本棚にギッシリと詰まっている本を1つ1つパラパラとめくるうち、彼は『松本亨英作全集』全10巻に目を留める。
この問題集は各巻に200問の英作文問題が収められており、その1問1問が完全に正解できるまで繰り返すという、なかなか骨のある代物である。
この問題集を彼が始めたのは、1995年の12月26日、ちょうど「最も美しい記憶」の頃である。
それから1996年の3月24日までの90日間、大晦日も元旦も、彼は毎日それを休むことなく続けた。
全10巻の問題集のほぼ半ばまで進んだその時、英作文を書きつけたB5のルーズリーフは263ページを数えた。
ところで、彼が奈落に落ちた日は、その90日間のちょうど中頃である。
つまり彼は、最も美しい記憶の日々にも、人生唯一の絶望の日々にも、変わらずそれをやり続けたのである。
そこまで彼を突き動かすものが何であるか、まだ知らぬまま。
(第10話に続く)
彼があれほど苦しんだのは、いったいなぜだろう。
もし彼が欲したものが単なる一時の快楽だったら、彼はあれほど深い淵に沈んだろうか?
もし彼が望んだ「高み」が大したものでないなら、彼はあれほど絶望しただろうか?
鴨長明の『方丈記』の有名な一節に、
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし。」
とある。
彼が彼女――それは疑いもなく彼の「第2の女」である――とともにあったという事象は、彼の人生の流れという河、あるいはこの世の流れという河に浮かぶ、ひとつの「泡沫(うたかた)」であった。
ではその泡沫は、1995年とその翌年という有限の時間にのみ存在した、その後二度と誰にも振り返られることのない、単なる無意味な一個の現象だったのだろうか?
そして、その泡沫は二度と現れないのだろうか?
彼が好きな歌に、山崎まさよしの「One more time, One more chance」がある。
その一節には、「命が繰り返すならば 何度も君のもとへ」とある。
もし閻魔大王か誰かが「汝、また地獄の苦しみを味わうとも再び「あの時」を欲するか?」と問うなら、彼は結局こう答えるだろう。
「然り。」
と。
松本亨・英作全集 第1巻 総括編 1
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彼の人生には後にも幾多の辛酸、苦悩、そして困難が待ち受けているが、今なお彼が「絶望」と呼ぶのはあの時だけである。
英検準1級に到達した彼は、英検最後の頂きである1級へ至る道を探し始める。
そして書店の英語コーナーの本棚にギッシリと詰まっている本を1つ1つパラパラとめくるうち、彼は『松本亨英作全集』全10巻に目を留める。
この問題集は各巻に200問の英作文問題が収められており、その1問1問が完全に正解できるまで繰り返すという、なかなか骨のある代物である。
この問題集を彼が始めたのは、1995年の12月26日、ちょうど「最も美しい記憶」の頃である。
それから1996年の3月24日までの90日間、大晦日も元旦も、彼は毎日それを休むことなく続けた。
全10巻の問題集のほぼ半ばまで進んだその時、英作文を書きつけたB5のルーズリーフは263ページを数えた。
ところで、彼が奈落に落ちた日は、その90日間のちょうど中頃である。
つまり彼は、最も美しい記憶の日々にも、人生唯一の絶望の日々にも、変わらずそれをやり続けたのである。
そこまで彼を突き動かすものが何であるか、まだ知らぬまま。
(第10話に続く)
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