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DATE : 2011.01.22 (Sat) 02:44
第4話より続く)

彼が初めて受けた英検準1級の二次試験の結果は、不合格Bであった。

一体何が原因だったか?
よくよく考えてみれば、彼が英語で誰かと話す機会といえば、2年前にケンタッキーへ短期留学したとき(それもたった3週間)を除けば、彼が生まれてこの方皆無に等しかった。
人間を相手に英語で話すというスキルが未発達であったのは、至極当然と言えよう。

その教訓を基に、彼はECCのフリータイムレッスンを受けることにした。
英検準1級の2次試験合格という、明確な目標のために。

半年分の受講料は彼にとって決して安い額ではなかったが、彼はためらわずにそれを払った。
どこかで見た「語学習得に重要なのは、時間と金をかけることである」という教えを受け入れていたからである。
問題集一冊にしろ、身銭を切って買うと取り組みの真剣さが全く違う。逆にいえば、生活の糧を投じている時点でその人は既に本気なのだ。

彼は宇宙飛行士になるために、時間と金とエネルギーという彼の持てる全てを注ぎ込んだ。
彼自身は自覚していなかったが、もしかすると彼はそんな自分に陶酔していたのかもしれない。
しかし、そこには単なるマスターベーション以上の何かがあったのではなかったか?

ECCのレッスンは一回40分程度で、毎回何かトピックを決めてネイティブ講師と話すという形式だった。
レッスン中に言おうとして言えなかったことをメモして、帰ってから調べるというのは一見地味な作業だが、それを通して少しずつ確実に会話力は鍛えられていく。
彼は週に1、2回そのレッスンを受けるのを楽しんだ。

1995年11月26日。
ECCのレッスンを受け始めてから3か月ほど経ったその日、彼は英検準1級の二次試験に再び挑んだ。
結果は合格であった。

では彼がペラペラ話せるようになったかといえば、それには程遠かった。
彼はまだ、英語で会話する(というよりは、それを試みると言う方が近いときも間々ある)とき、自分の意思をうまく伝えることができずにフラストレーションを感じることがほとんどだったからである。
宇宙飛行士が世界各国の同僚などと話すとなると、これではまだまだお話になるまい。

とはいえ、初対面の相手との挨拶から自己紹介への流れ、相手の話への相槌の打ち方や分からなかったときの尋ね方、言葉が詰まった時に「How can I say?(何て言ったらいいのかな)」などとかわすコミュニケーション技術を身につけたのは、おそらくこの頃だろう。
確かなことは、ECCでの約3か月のレッスンで、彼はネイティブを前にしても怖気づくことがなくなり、ある程度自身を持って接することができるようになったことだ。

1995年12月5日、彼は英検準1級の合格証書を手にした。
英語習得という山中にあって、準1級はまだその中腹に過ぎないが、2級の時よりは周りの景色がよく見える。
踊り場でひとときの清々しさを味わった後、彼は再び登山道に戻って上を見上げた。

山はようやくその頂き、あるいは彼にはそう映るもの、を現し始めた。

英検1級。

かつて彼にとって雲の上の存在であり、それを目指すなど畏れ多かったもの。
登り始めたときには見ることすらできなかったそれが、いま彼の眼前にある。


宇宙飛行士には、英語による流暢なコミュニケーション能力が求められる。
彼はここまでのところ、その習得に特に注力してきたようだ。
しかし、宇宙飛行士になるために彼がしていることは、それだけではなかった。

第6話に続く)

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