category: 宇宙飛行士試験
DATE : 2011.01.29 (Sat) 00:06
DATE : 2011.01.29 (Sat) 00:06
(第9話より続く)
彼には「大局を観て策を練る」という慧眼はないが、それでも学生時代という比較的自由に時間が使える間に、宇宙飛行士に必要と思われることを可能な限り習得しようと考えた。
その頃の彼の関心の大部分を占めていたのは、語学であった。
宇宙飛行士の出身国は、アメリカはもちろんヨーロッパ各国やロシアなどと幅広い。
コミュニケーションを図る上で、また彼らの国の文化を理解する上で、その国の言葉を理解するのは役立つだろう。
それに、「趣味が語学」というのも、宇宙飛行士としてなかなか悪くないではないか。
普通は本業と独立して行い、気晴らしや愉しみとなるはずの趣味ですら自らのミッションと関連付けるということの良し悪しはともかく、それはは彼のやり方を特徴的にあらわしている。
とはいえそれは決して苦痛ではなく、彼自身はそれを楽しんだ。
彼が「手を出した」言語には、ドイツ語、ロシア語、フランス語、中国語、スペイン語、イタリア語、ヒンディー語、韓国語や、果てはサンスクリット語などがある。
さすがに宇宙でもサンスクリット語は話されていないが、これはお遊びである。
言葉は使っていないと忘れるもので、ある理由から後に精力的に学ぶ言語を除き、彼が学んだかなりのものは失われてしまった。
また彼は、検定試験が大好きだった。
「サイボーグ」の彼にとって、物事の習得の度合いを合否という形でハッキリさせるのは、ミッションの遂行度を判断する上で有用だったのだろう。
彼の検定好きは後にも続くが、学生時代にはドイツ語検定3級や漢字検定2級を取得している。
宇宙飛行士候補者の募集要項の「医学的特性」の条件には、「心身ともに健康であり、ともに宇宙飛行士としての業務に支障のないこと。」とある。
これを見た彼は、ランニングやウエイトトレーニングで体を鍛える。
その一環として彼は16kmのジョギング大会に出走しているが、このときまだ彼は、後に自分が目指すものについて全く知らない。
ところで、彼が音楽棟に侵入してピアノで「パヴァーヌ」などを弾き始めたのは1995年9月7日、ECCのフリータイムレッスンを始めたのは同年9月26日、ジョギング大会を完走したのは11月5日、英検準1級合格は12月5日、ドイツ語3級合格は12月19日である。
つまり、1995年の秋から「最も美しい記憶」に続く日々の間、彼は本業の獣医学生(ちなみにこの頃彼はスイミングスクールと家庭教師のバイトもしていた)に加え、英語とドイツ語と音楽と体力トレーニングを同時に行い、しかも語学に関しては結果も出していたことになる。
当時彼が自覚していたか否かは定かではないが、これが学生時代における彼の「黄金時代」だといえる。
もうひとつ彼がしたことは、読書である。
学生時代に彼が読んだ書物には、トルストイ『人生論』、フロム『愛するということ』、『論理哲学論考』、『戦争と平和』、『ラッセル幸福論』、『罪と罰』、『赤と黒』、『三国志』や、シュリーマンの伝記などがある。
ただし、彼の記憶容量の問題から、彼のメモリー上ですでにフラグメント化あるいは削除された内容も少なくない。
そして、彼にとって特別なひとつの書物がある。
ニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』である。
それは彼にとって難解な書物だが、一読して魂を打つものを感じた彼は、それを何回も繰り返し読む。
その本には「超人」について繰り返し述べられているのだが、彼はそれを「人間が到達しうる限り最高の高みにある者」という意味に解釈した。
またその本の一節には「人間における偉大なところ、それはかれが橋であって、自己目的でないということだ。」とある。
自分は「超人」にはなれないかもしれないが、そこに架ける「橋」にはなれるかもしれない――
此くして彼は「超人に架ける橋」となることを決意する。
***
卒業後の進路について一時真剣に思い悩んだ彼ではあるが、せっかく獣医学科を卒業するのだから、3年ほど臨床経験を積んでおくのは悪くないと考えた。
実際、アメリカには獣医出身の宇宙飛行士もいると聞く。
そうして、彼は小動物臨床獣医師の道へ進む。
(第11話に続く)
彼には「大局を観て策を練る」という慧眼はないが、それでも学生時代という比較的自由に時間が使える間に、宇宙飛行士に必要と思われることを可能な限り習得しようと考えた。
その頃の彼の関心の大部分を占めていたのは、語学であった。
宇宙飛行士の出身国は、アメリカはもちろんヨーロッパ各国やロシアなどと幅広い。
コミュニケーションを図る上で、また彼らの国の文化を理解する上で、その国の言葉を理解するのは役立つだろう。
それに、「趣味が語学」というのも、宇宙飛行士としてなかなか悪くないではないか。
普通は本業と独立して行い、気晴らしや愉しみとなるはずの趣味ですら自らのミッションと関連付けるということの良し悪しはともかく、それはは彼のやり方を特徴的にあらわしている。
とはいえそれは決して苦痛ではなく、彼自身はそれを楽しんだ。
彼が「手を出した」言語には、ドイツ語、ロシア語、フランス語、中国語、スペイン語、イタリア語、ヒンディー語、韓国語や、果てはサンスクリット語などがある。
さすがに宇宙でもサンスクリット語は話されていないが、これはお遊びである。
言葉は使っていないと忘れるもので、ある理由から後に精力的に学ぶ言語を除き、彼が学んだかなりのものは失われてしまった。
また彼は、検定試験が大好きだった。
「サイボーグ」の彼にとって、物事の習得の度合いを合否という形でハッキリさせるのは、ミッションの遂行度を判断する上で有用だったのだろう。
彼の検定好きは後にも続くが、学生時代にはドイツ語検定3級や漢字検定2級を取得している。
宇宙飛行士候補者の募集要項の「医学的特性」の条件には、「心身ともに健康であり、ともに宇宙飛行士としての業務に支障のないこと。」とある。
これを見た彼は、ランニングやウエイトトレーニングで体を鍛える。
その一環として彼は16kmのジョギング大会に出走しているが、このときまだ彼は、後に自分が目指すものについて全く知らない。
ところで、彼が音楽棟に侵入してピアノで「パヴァーヌ」などを弾き始めたのは1995年9月7日、ECCのフリータイムレッスンを始めたのは同年9月26日、ジョギング大会を完走したのは11月5日、英検準1級合格は12月5日、ドイツ語3級合格は12月19日である。
つまり、1995年の秋から「最も美しい記憶」に続く日々の間、彼は本業の獣医学生(ちなみにこの頃彼はスイミングスクールと家庭教師のバイトもしていた)に加え、英語とドイツ語と音楽と体力トレーニングを同時に行い、しかも語学に関しては結果も出していたことになる。
当時彼が自覚していたか否かは定かではないが、これが学生時代における彼の「黄金時代」だといえる。
もうひとつ彼がしたことは、読書である。
学生時代に彼が読んだ書物には、トルストイ『人生論』、フロム『愛するということ』、『論理哲学論考』、『戦争と平和』、『ラッセル幸福論』、『罪と罰』、『赤と黒』、『三国志』や、シュリーマンの伝記などがある。
ただし、彼の記憶容量の問題から、彼のメモリー上ですでにフラグメント化あるいは削除された内容も少なくない。
そして、彼にとって特別なひとつの書物がある。
ニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』である。
それは彼にとって難解な書物だが、一読して魂を打つものを感じた彼は、それを何回も繰り返し読む。
その本には「超人」について繰り返し述べられているのだが、彼はそれを「人間が到達しうる限り最高の高みにある者」という意味に解釈した。
またその本の一節には「人間における偉大なところ、それはかれが橋であって、自己目的でないということだ。」とある。
自分は「超人」にはなれないかもしれないが、そこに架ける「橋」にはなれるかもしれない――
此くして彼は「超人に架ける橋」となることを決意する。
***
卒業後の進路について一時真剣に思い悩んだ彼ではあるが、せっかく獣医学科を卒業するのだから、3年ほど臨床経験を積んでおくのは悪くないと考えた。
実際、アメリカには獣医出身の宇宙飛行士もいると聞く。
そうして、彼は小動物臨床獣医師の道へ進む。
(第11話に続く)
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