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DATE : 2011.03.04 (Fri) 01:37
第33話より続く)

3年間小さからぬ努力を続けてきたにもかかわらず、4回目の英検1級の試験で、彼はまたしても不合格Bという結果に終わってしまう。
そのときの彼の心境を英語で表現するなら、”bite the dust”という熟語がしっくりくる。
それは「地上に打ち倒される、屈辱を受ける」という意味だが、人が地面にブチ倒されて土を噛みしめる姿を想像すると、なお生き生きと彼の心境が理解されよう。

英語学習の次の一手を求めて行った書店で、彼は『CNN English Express』に出遭うが、そこには彼が聞いたこともない勉強法が説明されていた。
そのやり方は非常に簡単で、ネイティブスピーカーが話している内容を聞きながら、それに続いて真似をしてしゃべる、というあっけないものである。
話された音声に影のようについていくことから、その勉強法は「シャドーイング」と呼ばれる。

音を真似るためには注意深く聴くので、耳が鍛わる。
話すときは口を動かすので、口が鍛わる。
話している内容を考えれば、脳が鍛わる。

つまりこの方法は、ネイティブに続いて真似をするというたったそれだけのことで、耳、口、脳を同時に鍛えているのだ。

ここで重要なのは、言っている意味が分からなくても止まって考えず、とにかく音を真似するということだ。
英語の正しいリズムや発音を身につける上では、むしろ意味など分からない方がいいときさえある。
聞き取れなかったり、意味が分からなかったときは、一通りシャドーイングが終わった後で本を見て調べる。

このようにして同じ音声教材を何回も繰り返すと、初めはついていけなくても、次第に言っていることが聞き分けられ、ネイティブに近い発音で口が動き、かつ文章の構成が分かるようになってくる。
短い文章などは、頭ではなく口が覚えるので、「実戦」では非常に有効だ。
かなり効果的なこの方法だが、実際に声を出して発音するとなると、できる場所がほぼ自宅だけに限られてしまう。

どうしたものかと彼は考えたが、発音はせずに口だけ動かしてみてはどうかと思い付く。
彼は、早速イヤホンと音楽プレーヤーを準備して、通学電車の中でシャドーイングを始めた。
本を広げる必要がないので、満員電車でもお構いなしである。

それは電車に乗っている他の乗客からすれば、非常に奇妙で不可思議な光景に違いない。
何しろ、遠くを見つめた男が20分も30分も、一心不乱にひたすら口を動かしているのだから。
ときどきかすれ声を出しつつ唾をも飛ばさん勢いのその男は、下手をすると、ちょっとおかしい人とさえ思われかねない。

しかし彼は、なりふり構わずそれを続ける。
自分がしていることは、必ずや英語力を鍛えるに違いない。
傍目に「イってる」と思われているだろうことを、むしろ彼は楽しんでいるきらいすらある。

このように毎日の通学電車で奇行を繰り返す彼だが、そんな彼にも毎月一回逢う人がある。

第35話に続く)

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