category: 宇宙飛行士試験
DATE : 2011.03.06 (Sun) 01:54
DATE : 2011.03.06 (Sun) 01:54
(第35話より続く)
通学電車の中でCNNニュースのシャドーイングをし、月に一回「第三の女」と会うという生活を彼が繰り返すうち、いつしか彼が大学院に入学してから半年近くが過ぎていた。
2年前には聖地と崇め、半年前には右も左も分からなかった環研での生活に、今では彼はすっかり馴染んでいる。
では肝心の研究の進捗状況はどうかというと、実はここまでのところあまり芳しくはない。
大学の研究室では、所属するスタッフが最近の研究の進捗状況を報告する「プログレスレポート」が定期的に行われるのが普通である。
彼が入学早々に当たった「論文抄読」は他の研究者の研究成果を勉強して報告するもので、プログレスレポートは自分の研究の進み具合を報告するものだが、形式的に両者は似ている。
その「プログレス」が行われる頻度は研究室によってまちまちだが、彼の研究室では比較的頻繁で、毎週月曜の午前中にそれが行われる。
つまり彼の研究室のスタッフは、毎週月曜の朝に皆集まって、先週一週間の進捗状況を一人ずつ報告するのである。
そこで「進捗はありません」と言うのは、当然ながら不名誉なことである。
彼がわざわざ日曜に環研に来て仕事をするのは、この「プログレス」で何とか有意義な結果を発表したいからというのが大きな理由である。
研究というのはやれば必ず成果が出るというものではないので、一生懸命努力しても全く結果に結びつかず、それを発表するときに痛々しい思いをすることも珍しくない。
そんな中で、彼の同期の大学院生の一人――それは彼がしばしば昼食を共にする人物である――は、毎週毎週「これでもか!」というほど大量のデータを発表していて、教授も舌を巻くほどの勢いである。
それとは対照的に、乱暴な言い方をすれば「雑魚」のようなデータしか発表できない彼は、同僚の輝かしいプログレスを若干苦々しく眺めている。
また研究というのは何らかの仮説を立証するために行うわけだが、その仮説が間違っていることもある。
例えるなら、山にトンネルを掘るとき、計画したルートが正しければ見事に道が貫通するが、途中に予想外の岩盤が見つかることもあるということだ。
障害にぶつかるのが掘り始めてすぐであればまだいいが、開通まであと少しと思われるところで貫通不可能な岩盤に当たったりすると、目も当てられない。
当事者にとっては恐ろしいことだが、大学院に入学した者が全て博士号を取得できるわけではない。
実際、研究がうまく行かずいつの間にかいなくなってしまう人を、彼も何人か見ている。
彼は、背中に暗く冷たいものがのしかかるようなやるせなさに浸りつつ、「文明が発展した現代にも、野生の掟はあるのだ」と感じずにはいられなかった。
そのような周囲の状況も手伝ってか、彼は、自分の研究の先行きに一抹の不安を感じることがないとは言い切れない状況にあった。
しかし幸いなことに、1ヶ月ほど前から始めていた新しい実験が、希望の持てるデータを生み始めていた。
そのハードな実験を始めると泊り込みになることもあるのだが、有意義なデータが出る実験というのは、それでも喜んでやりたいと思うものだ。
そして時は2000年の冬を迎えるが、ようやく研究が軌道に乗り出した彼に、ここでまた一つの運命的な出会いが訪れようとしている。
(第37話に続く)
通学電車の中でCNNニュースのシャドーイングをし、月に一回「第三の女」と会うという生活を彼が繰り返すうち、いつしか彼が大学院に入学してから半年近くが過ぎていた。
2年前には聖地と崇め、半年前には右も左も分からなかった環研での生活に、今では彼はすっかり馴染んでいる。
では肝心の研究の進捗状況はどうかというと、実はここまでのところあまり芳しくはない。
大学の研究室では、所属するスタッフが最近の研究の進捗状況を報告する「プログレスレポート」が定期的に行われるのが普通である。
彼が入学早々に当たった「論文抄読」は他の研究者の研究成果を勉強して報告するもので、プログレスレポートは自分の研究の進み具合を報告するものだが、形式的に両者は似ている。
その「プログレス」が行われる頻度は研究室によってまちまちだが、彼の研究室では比較的頻繁で、毎週月曜の午前中にそれが行われる。
つまり彼の研究室のスタッフは、毎週月曜の朝に皆集まって、先週一週間の進捗状況を一人ずつ報告するのである。
そこで「進捗はありません」と言うのは、当然ながら不名誉なことである。
彼がわざわざ日曜に環研に来て仕事をするのは、この「プログレス」で何とか有意義な結果を発表したいからというのが大きな理由である。
研究というのはやれば必ず成果が出るというものではないので、一生懸命努力しても全く結果に結びつかず、それを発表するときに痛々しい思いをすることも珍しくない。
そんな中で、彼の同期の大学院生の一人――それは彼がしばしば昼食を共にする人物である――は、毎週毎週「これでもか!」というほど大量のデータを発表していて、教授も舌を巻くほどの勢いである。
それとは対照的に、乱暴な言い方をすれば「雑魚」のようなデータしか発表できない彼は、同僚の輝かしいプログレスを若干苦々しく眺めている。
また研究というのは何らかの仮説を立証するために行うわけだが、その仮説が間違っていることもある。
例えるなら、山にトンネルを掘るとき、計画したルートが正しければ見事に道が貫通するが、途中に予想外の岩盤が見つかることもあるということだ。
障害にぶつかるのが掘り始めてすぐであればまだいいが、開通まであと少しと思われるところで貫通不可能な岩盤に当たったりすると、目も当てられない。
当事者にとっては恐ろしいことだが、大学院に入学した者が全て博士号を取得できるわけではない。
実際、研究がうまく行かずいつの間にかいなくなってしまう人を、彼も何人か見ている。
彼は、背中に暗く冷たいものがのしかかるようなやるせなさに浸りつつ、「文明が発展した現代にも、野生の掟はあるのだ」と感じずにはいられなかった。
そのような周囲の状況も手伝ってか、彼は、自分の研究の先行きに一抹の不安を感じることがないとは言い切れない状況にあった。
しかし幸いなことに、1ヶ月ほど前から始めていた新しい実験が、希望の持てるデータを生み始めていた。
そのハードな実験を始めると泊り込みになることもあるのだが、有意義なデータが出る実験というのは、それでも喜んでやりたいと思うものだ。
そして時は2000年の冬を迎えるが、ようやく研究が軌道に乗り出した彼に、ここでまた一つの運命的な出会いが訪れようとしている。
(第37話に続く)
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