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DATE : 2011.04.04 (Mon) 03:35
第49話より続く)

人は、自分のことを棚に上げて他人を評することがままある。
彼は、スポーツ選手や音楽家など、何かひとつの事に懸命に打ち込んでいる人を見て「どうしてそこまでできるのか?」と羨ましく思うことがしばしばある。
しかし、彼という生命体がエネルギーを燃やすのは、あきれるくらいいつも決まって宇宙のためではないのか?

IACから帰って来た6日後にパラボリックフライトで無重力を体験したかと思えば、彼はその3週間後には宇宙航空環境医学会で学会発表をした。
彼の研究テーマは「気圧、気温の変化が慢性炎症病態の痛みに与える影響の解明」というもので、これは宇宙医学との直接の関係はない。
それにもかかわらず彼が半ば強引に宇宙関連の学会で発表を行うのは、一歩でも宇宙の世界に近づきたいという一心からに他ならない。

その2週間後には「IAF3大会合同交流会」に参加するため、時間と金を費やして彼は東京に向かう。
国際宇宙連盟会議への学生派遣プログラムは今年で3回目であるが、第1回のオランダ大会、第2回のブラジル大会と、先日彼が参加した第3回フランス大会に参加した学生たちが、一堂に会して交流を深めようというのである。
第1回、第2回の大会参加者の中には、大学を卒業してNASDAに就職している人たちもあり、彼はそのような「宇宙の人」たちとつながりを築いていく。

IAF3大会合同交流会の10日後にまた彼が時間と金を費やして行ったのは、「学生宇宙対話」なるイベントである。
参加者10人前後という小規模なイベントではあったが、主催者にはNASDAやシンクタンクの職員が名を連ねており、ここでも彼は宇宙関連の人たちとの人脈を築いていく。
2001年もはや11月の末、振り返ればこの年は若田宇宙飛行士帰国後連絡会に始まり、NASDA の宇宙環境利用システム・宇宙環境利用センター成果報告会、H2A打ち上げ、IAC、パラボリックフライト、宇宙航空環境医学会、IAF3大会合同交流会に学生宇宙対話と、怒涛の如く宇宙尽くしの1年であった。

つい2年前までは「孤島の一匹狼」であった彼も、今や宇宙の人たちの世界を間近に感じられるまでになっていたが、それはやはり彼が環境医学研究所の大学院生となったことが絶対的に大きく影響している。
では彼の本業である大学院生としての仕事ぶりはどうだろう?
環境医学研究所では、所属する大学院生が研究成果を英語で発表する「環研カンファレンス」というコンペティションが年に1回行われる。

「研究の成果はともかく、英語のプレゼンで無様な失態だけは絶対にできん!」
英語による初めての口頭発表に備え、彼は20分程度の発表原稿を作成して暗記すると、ちょうど時間内に収まるように練習を繰り返す。
この勝負、負けまじ――彼を突き動かすのは、宇宙を目指して9年間にわたり英語を勉強し続けてきたという自負である。

必勝の心意気で臨む彼は、集中力を爆発させて「どうだ!!」と言わんばかりの発表を審査員とギャラリーぶつけたが、彼を破って堂々の1位に輝いたのは、才色兼備な外国人留学生であった。
1位を逃したのは悔しいに違いないが、入学前はそもそも医学部の大学院でやっていけるのかと危惧していたことを思えば、まずまずやっている方だとはいえよう。
宇宙の世界でいくらかの人脈を築き、大学院でもぼちぼちという状況を考えれば、彼が「宇宙の仕事ができるかもしれない」と思い始めるのも、それほど無茶なことではないのかもしれない。

第51話に続く)

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