category: 宇宙飛行士試験
DATE : 2011.01.24 (Mon) 01:36
DATE : 2011.01.24 (Mon) 01:36
(第5話より続く)
宇宙飛行士候補者の募集要項には、応募条件として10項目ほどが挙げられている。
そのうちの一つに「日本人の宇宙飛行士としてふさわしい教養を有すること。」とある。
教養とは何か?――それには音楽や美術などが含まれるだろうと彼は解釈した。
同朋舎出版の「グレート・コンポーザー」シリーズが出版されていたのは、ちょうどこの頃である。
毎回クラシック音楽の巨匠を一人とりあげ、その代表的作品を収めたCDと解説本がセットになっている。
今も人気のデアゴスティーニ社の分冊本シリーズの草分けである。
「グレート・コンポーザー」は全65巻あったが、彼はその全てを一通り聴いた。
解説本の方は定かではないが、少なくとも興味を持ったものは全て読んだようだ。
彼の音楽に関する知識の基礎は、この時に築かれた。
この勉強は、比較的直ぐに想像だにしなかった「効果」を現すことになる。
ある昼下がりに彼が大学のキャンパスを歩いていると、どこからかピアノの音が聞こえて来る。
どうやら教育学部の音楽棟からのようだ。
その建物の入口に歩いて行って、彼はそこに1分ほど立ちつくしただろうか。
勝手に入ったら、警備員か誰かに怒られるかもしれない――。
しかし、そこに彼を無性に惹きつける何かが、恐れに勝った。
彼は、忍び込むようにしてその中に入って行く。
そこはカラオケボックスのような構造になっていて、狭い廊下を挟んで小さな個室がズラッと並んでいる。
その一部屋ごとにピアノが置いてあり、中で学生が練習している部屋もあれば、空いているところもある。
彼はそのうちの一室に入って、ピアノの前に座る。
彼は中学生の頃、2年ほどエレクトーンを習ったことがあった。
そのせいか、彼は楽器の中では鍵盤に親しみがある。
中学生の時といえば、ちょうど彼が「憧れの人」とともに過ごした日々と重なる。
彼がピアノを弾き始めたのは、そのとき聴いていた「グレート・コンポーザー」に触発されたからかもしれない。
彼は、クラシックの中でもピアノ小品やピアノ協奏曲が特にお気に入りだ。
ちなみに彼が「第一の女」との甘美な再会を思い出すとき、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の第2楽章が、彼の頭の中に流れるのである。
彼がピアノを弾きたいと思ったのには、もう一つの理由があった。
宇宙飛行士のプロフィールを見ると、趣味の項目にはたいていテニスや書道など「まっとうな」ものが挙げられている。
これでは「私の趣味はパソコンいじりです。。」などとは言えんではないか。
そこで彼は、ピアノならば宇宙飛行士にふさわしい趣味だと考えたのである。
彼は楽器店で一冊の楽譜を買った。
ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」である。
ピアノは習ったことのない彼には無謀だったかもしれないが、彼はいたく気に入っているその曲をぜひ弾いてみたいと思った。
彼には、語学の問題集や買った本などに、いちいち日付を書き込むという几帳面で変わった癖があった。
彼の「パヴァーヌ」の譜面には、1995年の9月7日に練習を始めたことが記されている。
英検準1級の2次試験対策としてECCに通い始めるのは、その2、3週間後である。
音楽棟に忍び込んでピアノを弾くことに味をしめた彼は、夜な夜なそこに通うようになる。
一人で英語の勉強やピアノの練習などに明け暮れる毎日。
彼はそれにとりたて不満もなく、いやむしろ自分が宇宙飛行士になるために心血注いでいることに満足しつつ、秋の夜長の日々を送っていた。
その時。
運命の神は女神だというが、その女神は彼にもう一つの悪戯をしようとしていた。
(第7話に続く)
宇宙飛行士候補者の募集要項には、応募条件として10項目ほどが挙げられている。
そのうちの一つに「日本人の宇宙飛行士としてふさわしい教養を有すること。」とある。
教養とは何か?――それには音楽や美術などが含まれるだろうと彼は解釈した。
同朋舎出版の「グレート・コンポーザー」シリーズが出版されていたのは、ちょうどこの頃である。
毎回クラシック音楽の巨匠を一人とりあげ、その代表的作品を収めたCDと解説本がセットになっている。
今も人気のデアゴスティーニ社の分冊本シリーズの草分けである。
「グレート・コンポーザー」は全65巻あったが、彼はその全てを一通り聴いた。
解説本の方は定かではないが、少なくとも興味を持ったものは全て読んだようだ。
彼の音楽に関する知識の基礎は、この時に築かれた。
この勉強は、比較的直ぐに想像だにしなかった「効果」を現すことになる。
ある昼下がりに彼が大学のキャンパスを歩いていると、どこからかピアノの音が聞こえて来る。
どうやら教育学部の音楽棟からのようだ。
その建物の入口に歩いて行って、彼はそこに1分ほど立ちつくしただろうか。
勝手に入ったら、警備員か誰かに怒られるかもしれない――。
しかし、そこに彼を無性に惹きつける何かが、恐れに勝った。
彼は、忍び込むようにしてその中に入って行く。
そこはカラオケボックスのような構造になっていて、狭い廊下を挟んで小さな個室がズラッと並んでいる。
その一部屋ごとにピアノが置いてあり、中で学生が練習している部屋もあれば、空いているところもある。
彼はそのうちの一室に入って、ピアノの前に座る。
彼は中学生の頃、2年ほどエレクトーンを習ったことがあった。
そのせいか、彼は楽器の中では鍵盤に親しみがある。
中学生の時といえば、ちょうど彼が「憧れの人」とともに過ごした日々と重なる。
彼がピアノを弾き始めたのは、そのとき聴いていた「グレート・コンポーザー」に触発されたからかもしれない。
彼は、クラシックの中でもピアノ小品やピアノ協奏曲が特にお気に入りだ。
ちなみに彼が「第一の女」との甘美な再会を思い出すとき、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の第2楽章が、彼の頭の中に流れるのである。
彼がピアノを弾きたいと思ったのには、もう一つの理由があった。
宇宙飛行士のプロフィールを見ると、趣味の項目にはたいていテニスや書道など「まっとうな」ものが挙げられている。
これでは「私の趣味はパソコンいじりです。。」などとは言えんではないか。
そこで彼は、ピアノならば宇宙飛行士にふさわしい趣味だと考えたのである。
彼は楽器店で一冊の楽譜を買った。
ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」である。
ピアノは習ったことのない彼には無謀だったかもしれないが、彼はいたく気に入っているその曲をぜひ弾いてみたいと思った。
彼には、語学の問題集や買った本などに、いちいち日付を書き込むという几帳面で変わった癖があった。
彼の「パヴァーヌ」の譜面には、1995年の9月7日に練習を始めたことが記されている。
英検準1級の2次試験対策としてECCに通い始めるのは、その2、3週間後である。
音楽棟に忍び込んでピアノを弾くことに味をしめた彼は、夜な夜なそこに通うようになる。
一人で英語の勉強やピアノの練習などに明け暮れる毎日。
彼はそれにとりたて不満もなく、いやむしろ自分が宇宙飛行士になるために心血注いでいることに満足しつつ、秋の夜長の日々を送っていた。
その時。
運命の神は女神だというが、その女神は彼にもう一つの悪戯をしようとしていた。
(第7話に続く)
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