category: 宇宙飛行士試験
DATE : 2011.03.25 (Fri) 04:47
DATE : 2011.03.25 (Fri) 04:47
(第43話より続く)
人は、いちいち喜んだり悲しんだりした回数を数えたりしない。
それでも人は皆、それぞれの人生のうちに、いくつかの特別な喜びや悲しみの瞬間があるものだ。
宇宙への決意を固めたあの日から星霜9年、NASDAが主催する学生派遣事業で国際宇宙連盟会議(IAC)への切符を手に入れた彼は、人生の中で幾度とない絶頂にあるに違いない。
彼の世界のありとあらゆる物事が、今まで日常に埋もれていたごくありふれたものでさえも、まばゆい光とエネルギーを放っているように感じられる。
そういえば8ヶ月前、MGLABの「無重量セミナー」でIACへの学生派遣事業について知って以来、選抜を通過する想像上の学生達に、彼は金色のオーラを見たものだ。
彼と共にIACに派遣されることとなった「金色の者達」とは、いったいどんな連中なのだろう?
その16人の「使節団」の実態が、いまNASDAのホームページで明らかにされる。
NASDAのサイトに発表されたIAC派遣学生の氏名と所属のリストを見ると、その凄まじさに彼は瞠目した。
よくもまあこんな人物達が集まったものだ――彼らの専攻は航空宇宙工学、地球惑星科学、医学、経済学や法学など多岐にわたっており、その多くは旧帝大や有名私立大学の学生達で、しかもそのうちの2人は外国人ときている。
彼の想像を遥かに超えた面々は、驚嘆という言葉が陳腐になるほど強烈なインパクトを彼に与えずにはおかない。
そして非常に近い将来、彼は彼らと相対することになるのだ。
10月1日からフランスで開催されるIACまでには、まだ2ヶ月足らずの時間がある。
この間にも、世の中には様々な出来事が起こる。
世界のほぼ全ての人々が、想像すらしていない事件をも含めて。
彼の日常生活といえば、大方予想通りだ。
彼が「本業」の大学院生の仕事に精を出すと、卒業論文のための実験データはとんとん拍子に出揃ってくる。
不思議なもので、一つの物事がうまく行くときには、あたかもそれにつられたように他の物事もうまく行く。
しかしその一方で、彼の絶頂のエネルギーが及ばないところでは、残念なことも起こった。
1年前から彼の研究室が応募していたNASDA主催の「宇宙環境利用に関する地上研究の公募」が、選外となってしまったのだ。
この手の公募に外れてしまうのは、どの研究者でも経験する避けられない宿命ではあるが、宇宙医学の研究プロジェクトに参加するという彼の儚い夢は、ついに脆くも崩れ去ってしまった。
他方、この年2001年の8月29日には、日本の宇宙開発の命運を分ける一大事が計画されていた。
NASDAの新型ロケット「H2A」の打ち上げである。
旧型のH2ロケットは過去2回連続で失敗しており、今回も続けて失敗するとなると、日本の宇宙開発は否応なく縮小を強いられるだろう。
結果によっては、日本人宇宙飛行士の新規募集にも後退的な影響を及ぼしかねない。
この打ち上げを我が事のように心配している彼は、平日の昼間というのに大学を抜け出して、ライブ中継を見るためにNASDAの駐在員事務所に押しかけた。
その日の16時、種子島宇宙センターの射場にそびえ立つH2Aは「3、2、1、lift off!」の掛け声を受けると、ノズルから眩しい閃光を放って力強く上昇し、見事に軌道に投入されると一同の歓声と拍手喝采を浴びた。
IACまであと3週間を切ったある日、大学の研究室で、彼はいつものように炎症誘発ラットから単一神経の記録を取るべく、徹夜となる実験を始めていた。
夜の10時頃、彼がちょっと休憩しようと思ってデスクに戻ったとき、ちょうど婚約者から携帯にメールが入ったので何気なく見てみると、どうやら尋常ならぬアクシデントがたったいま起こっているらしい。
この事件が人類の歴史の流れさえも変えてしまうことを、その時どれくらいの人が気づいていただろう。
2001年9月11日。
(第45話に続く)
人は、いちいち喜んだり悲しんだりした回数を数えたりしない。
それでも人は皆、それぞれの人生のうちに、いくつかの特別な喜びや悲しみの瞬間があるものだ。
宇宙への決意を固めたあの日から星霜9年、NASDAが主催する学生派遣事業で国際宇宙連盟会議(IAC)への切符を手に入れた彼は、人生の中で幾度とない絶頂にあるに違いない。
彼の世界のありとあらゆる物事が、今まで日常に埋もれていたごくありふれたものでさえも、まばゆい光とエネルギーを放っているように感じられる。
そういえば8ヶ月前、MGLABの「無重量セミナー」でIACへの学生派遣事業について知って以来、選抜を通過する想像上の学生達に、彼は金色のオーラを見たものだ。
彼と共にIACに派遣されることとなった「金色の者達」とは、いったいどんな連中なのだろう?
その16人の「使節団」の実態が、いまNASDAのホームページで明らかにされる。
NASDAのサイトに発表されたIAC派遣学生の氏名と所属のリストを見ると、その凄まじさに彼は瞠目した。
よくもまあこんな人物達が集まったものだ――彼らの専攻は航空宇宙工学、地球惑星科学、医学、経済学や法学など多岐にわたっており、その多くは旧帝大や有名私立大学の学生達で、しかもそのうちの2人は外国人ときている。
彼の想像を遥かに超えた面々は、驚嘆という言葉が陳腐になるほど強烈なインパクトを彼に与えずにはおかない。
そして非常に近い将来、彼は彼らと相対することになるのだ。
10月1日からフランスで開催されるIACまでには、まだ2ヶ月足らずの時間がある。
この間にも、世の中には様々な出来事が起こる。
世界のほぼ全ての人々が、想像すらしていない事件をも含めて。
彼の日常生活といえば、大方予想通りだ。
彼が「本業」の大学院生の仕事に精を出すと、卒業論文のための実験データはとんとん拍子に出揃ってくる。
不思議なもので、一つの物事がうまく行くときには、あたかもそれにつられたように他の物事もうまく行く。
しかしその一方で、彼の絶頂のエネルギーが及ばないところでは、残念なことも起こった。
1年前から彼の研究室が応募していたNASDA主催の「宇宙環境利用に関する地上研究の公募」が、選外となってしまったのだ。
この手の公募に外れてしまうのは、どの研究者でも経験する避けられない宿命ではあるが、宇宙医学の研究プロジェクトに参加するという彼の儚い夢は、ついに脆くも崩れ去ってしまった。
他方、この年2001年の8月29日には、日本の宇宙開発の命運を分ける一大事が計画されていた。
NASDAの新型ロケット「H2A」の打ち上げである。
旧型のH2ロケットは過去2回連続で失敗しており、今回も続けて失敗するとなると、日本の宇宙開発は否応なく縮小を強いられるだろう。
結果によっては、日本人宇宙飛行士の新規募集にも後退的な影響を及ぼしかねない。
この打ち上げを我が事のように心配している彼は、平日の昼間というのに大学を抜け出して、ライブ中継を見るためにNASDAの駐在員事務所に押しかけた。
その日の16時、種子島宇宙センターの射場にそびえ立つH2Aは「3、2、1、lift off!」の掛け声を受けると、ノズルから眩しい閃光を放って力強く上昇し、見事に軌道に投入されると一同の歓声と拍手喝采を浴びた。
IACまであと3週間を切ったある日、大学の研究室で、彼はいつものように炎症誘発ラットから単一神経の記録を取るべく、徹夜となる実験を始めていた。
夜の10時頃、彼がちょっと休憩しようと思ってデスクに戻ったとき、ちょうど婚約者から携帯にメールが入ったので何気なく見てみると、どうやら尋常ならぬアクシデントがたったいま起こっているらしい。
この事件が人類の歴史の流れさえも変えてしまうことを、その時どれくらいの人が気づいていただろう。
2001年9月11日。
(第45話に続く)
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