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DATE : 2024.04.30 (Tue) 21:36
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DATE : 2011.01.26 (Wed) 17:29
第7話より続く)

ふたりが初めて音楽棟に行ったその日から、彼の彼女に対する想いは次第に高まっていく。
そこには彼の脳内変換による多少の美化はあるかもしれないが、彼女は彼にとって、美しく瀟洒で知的な、大いなる「高み」なのである。

彼がよい店を探して走り回ったり、ピアノで「パヴァーヌ」を猛練習したり、あるいは英語その他の彼にとって価値ある諸々の物事に真摯に取り組むのはなぜか?
それは、やり方は不器用で、しかも不適切ですらあるかもしれぬにせよ、彼が望んでいるのが「高み」であるからだ。
そこには一片の嘘偽りもない。

ところで彼は、友人や後輩などからしばしばサイボーグのようだと揶揄される。
確かに、あまり感情について語らず、定められたミッションの遂行を主目的とし、それと無関係と映るものを素通りする彼の行動様式には、スタートレックのボーグやターミネーターのそれを彷彿させるものがある。
おそらく彼の「空気が読めない」性質も、そこから派生しているに違いない。

そして彼には「娯楽」という概念が薄かった。
彼は基本的にそれを素通りしたが、よしそれをやった時もその動機は主に「自分のミッションと関係がある」、「友人との友好関係を保つ上で必要である」ということであって、自分自身が心底楽しむためであることはほとんどなかった。

そのように原始的な「感情」モジュールと「感覚」モジュールのみを実装された彼ではあるが、彼の彼女に対する想いは、雷雲というコンデンサーに過剰に電荷が蓄積するが如く高まっていた。
彼と彼女が初めて音楽棟に行った日から、1カ月と少し経った真冬の晩。
此くして彼はその日を迎える。

彼が彼女を連れて行くのは、私も行ってみたいと思うほどなかなかの店である。
ちょっとした迷路のような暗い空間を、絶妙な配色のネオンやその他の光源が微かに照らしている。聞こえるかどうかという音量のR&BのBGMが耳に心地よい。
彼は、蝋燭が灯った小さなテーブルに彼女を案内する。

何か軽く食べて飲んで、他愛のない会話をしばらく続けて「ここでよし」と見たとき――
その雰囲気を壊さぬよう注意しつつ、彼は決壊寸前まで彼の内に蓄積されたものの存在を彼女に告げる。
一条の激しい稲妻が、何ものかを打った!

しばらくの沈黙が流れた。
彼にはその時間がどれほど長く感じられたか。
果たして、うつむいた彼女の口から小さく漏れた言葉は、「ごめんなさい」であった。

稲妻が打ったものは、彼女の心ではなく地面だった。
雷雲に蓄えられたポテンシャルエネルギーが高ければ高いほど、落ちた稲妻の破壊力は凄まじい。
その打撃を彼は一身に受けた。

彼と彼女は各々の住処に帰った。
彼が暗がりで佇む中、彼の頬部を二条の分泌液が伝った。
彼の頭部ではニューロンというニューロンが高速で異常興奮を繰り返し、胸部では心臓が高圧力で断裂寸前である。

頭も破れよ、胸も裂けよと言わんばかりの苦痛が一体のサイボーグを襲う。
日頃愚痴や不満や負の感情の類を一切口にしない彼ではあったが、この時ばかりは友人にその心境――というよりはむしろ状況――を打ち明けた。
そのようにして頭の異常放電と胸の高圧力とを逃がさない限り、精神機能が回復不能となることを、自身の安全回路が警告したのである。

此くして、彼は自分が登った高みから真っ逆さまに落ちた。
彼は、彼にとって最も深い絶望の奈落に沈んだ。
そうして、一ヶ月ほどが経った。

第9話に続く)

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DATE : 2011.01.25 (Tue) 04:10
第6話より続く)

獣医学科は6年制である。
その頃教育学部の学生に混じって毎晩音楽棟に「不法侵入」していた彼は、その5年生である。
彼の学科では4年生の前期までに講義・実習は一通り終わっていて、学生は後期から研究室に配属されて卒業研究を行う。

各々の研究室の教官は学生実習を行うが、教官だけでは人手不足なので研究室に所属している学生をアシスタントとして動員することが普通だった。
彼もご多分に漏れず、下の学年の実習の補助員として刈り出された。
しかし、彼自身はむしろそれを楽しんでいた。

血液を採取して血球数を数えたり、心電図を記録して解析したりする実習を毎週行う。
当初は教える方・教えられる方の双方に初対面の緊張があるのだが、週を追うごとにそれも和んでくる。
そうなると、実習後に私的な会話を交わす場面も出てくる。

あるとき彼は、毎週実習が終わった後に残って他愛のない会話を交わす学生(つまりは彼の後輩)の中に、注意を引く者があることに気づく。
人と人とは不思議なもので、どれだけ近くに長くいても全く視線が合わないこともあれば、遠く離れていてもたった一瞬のうちに磁石のように互いの双眸が引きつけ合うこともある。
彼の眼は、一人の女子学生のそれと合った。麗らかな人の。

人と人との不思議といえば、会話もまさにそうである。
合わない相手とは一文一文が噛み合わないのだが、波長が合う相手とは一言一言が共鳴し、このままいつまでも話していたいという熱気すら醸し出す。
彼と彼女とに共鳴をもたらしたのは、英語に加えて最近彼が打ち込んでいるものであった。
音楽である。

最近彼が音楽棟に行っている話をすると、ピアノの心得のある彼女は私もぜひ行ってみたいと言った。
その実習トークのすぐ後に音楽棟に行かなかったのは、彼があえてそれを後に延ばし、必死にピアノの練習をしてから彼女に好印象を与えようとしたためか――それは定かではない。
いずれにせよ二人は後日会うことにしたので、彼はその日を待つことになった。

来るか、否か――。
約束のその日、自分の心拍と手掌の発汗を感じながら、彼は待つ。
果たして、赤いコートに身を纏ったその人は、彼の前に現れた。

1995年も年末の日の沈む頃、ふたりは歩いて音楽棟に向かう。
そこに着くと、あちこちの部屋でピアノが鳴る中、彼らは一つの空き部屋を見付けた。
椅子は一つしかなかったが、それは長椅子だったので、ふたりはその上に並んで座ることにした。


まずは、彼がこの日のために猛烈に練習したラヴェルの「パヴァーヌ」を弾く。
しかし、所詮は素人の付け焼刃である。彼女は社交辞令的な拍手を送ったが、「もっと簡単なやつをやりましょう」と言ってひとつの素晴らしい提案をした。
連弾である。

簡単でとりわけおもしろそうでもない曲をやることを、彼ははじめ怪訝に思った。
これまでアンサンブルの類をやったことのない彼には無理もない。
ところが、実際にやってみると言葉では表し難い楽しさがある。

ふたりは、ひとつのピアノで音楽を奏でる。
仮にピアノとフルートのアンサンブルをしても面白いには違いないが、同じ楽器を二人で弾く連弾には、それを超える一体感がある。
低音を弾く彼の手と、高音を弾く彼女の手とが、時々軽く触れる。

外は夜のとばり。
ピアノ一台を入れるだけの小さな部屋で、明かりはただ彼と彼女だけを照らす。
身も溶けるような甘美な空気が充満する中、彼はピアノを弾く彼女の愛おしい後ろ姿をただ眺める。

これが、彼の記憶という記憶のうちで、おそらく最も美しいものである。

音楽棟での密会が3回を数えた頃、彼は彼女を夕食に誘った。
彼はその日のために、ありとあらゆるところを車で走りまわって店を探す。
そして、その時はやって来る。

第8話に続く)

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DATE : 2011.01.24 (Mon) 01:36
第5話より続く)

宇宙飛行士候補者の募集要項には、応募条件として10項目ほどが挙げられている。
そのうちの一つに「日本人の宇宙飛行士としてふさわしい教養を有すること。」とある。
教養とは何か?――それには音楽や美術などが含まれるだろうと彼は解釈した。

同朋舎出版の「グレート・コンポーザー」シリーズが出版されていたのは、ちょうどこの頃である。
毎回クラシック音楽の巨匠を一人とりあげ、その代表的作品を収めたCDと解説本がセットになっている。
今も人気のデアゴスティーニ社の分冊本シリーズの草分けである。

「グレート・コンポーザー」は全65巻あったが、彼はその全てを一通り聴いた。
解説本の方は定かではないが、少なくとも興味を持ったものは全て読んだようだ。
彼の音楽に関する知識の基礎は、この時に築かれた。

この勉強は、比較的直ぐに想像だにしなかった「効果」を現すことになる。


ある昼下がりに彼が大学のキャンパスを歩いていると、どこからかピアノの音が聞こえて来る。
どうやら教育学部の音楽棟からのようだ。
その建物の入口に歩いて行って、彼はそこに1分ほど立ちつくしただろうか。

勝手に入ったら、警備員か誰かに怒られるかもしれない――。
しかし、そこに彼を無性に惹きつける何かが、恐れに勝った。
彼は、忍び込むようにしてその中に入って行く。

そこはカラオケボックスのような構造になっていて、狭い廊下を挟んで小さな個室がズラッと並んでいる。
その一部屋ごとにピアノが置いてあり、中で学生が練習している部屋もあれば、空いているところもある。
彼はそのうちの一室に入って、ピアノの前に座る。

彼は中学生の頃、2年ほどエレクトーンを習ったことがあった。
そのせいか、彼は楽器の中では鍵盤に親しみがある。
中学生の時といえば、ちょうど彼が「憧れの人」とともに過ごした日々と重なる。


彼がピアノを弾き始めたのは、そのとき聴いていた「グレート・コンポーザー」に触発されたからかもしれない。
彼は、クラシックの中でもピアノ小品やピアノ協奏曲が特にお気に入りだ。
ちなみに彼が「第一の女」との甘美な再会を思い出すとき、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の第2楽章が、彼の頭の中に流れるのである。

彼がピアノを弾きたいと思ったのには、もう一つの理由があった。
宇宙飛行士のプロフィールを見ると、趣味の項目にはたいていテニスや書道など「まっとうな」ものが挙げられている。
これでは「私の趣味はパソコンいじりです。。」などとは言えんではないか。
そこで彼は、ピアノならば宇宙飛行士にふさわしい趣味だと考えたのである。

彼は楽器店で一冊の楽譜を買った。
ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」である。
ピアノは習ったことのない彼には無謀だったかもしれないが、彼はいたく気に入っているその曲をぜひ弾いてみたいと思った。

彼には、語学の問題集や買った本などに、いちいち日付を書き込むという几帳面で変わった癖があった。
彼の「パヴァーヌ」の譜面には、1995年の9月7日に練習を始めたことが記されている。
英検準1級の2次試験対策としてECCに通い始めるのは、その2、3週間後である。

音楽棟に忍び込んでピアノを弾くことに味をしめた彼は、夜な夜なそこに通うようになる。
一人で英語の勉強やピアノの練習などに明け暮れる毎日。
彼はそれにとりたて不満もなく、いやむしろ自分が宇宙飛行士になるために心血注いでいることに満足しつつ、秋の夜長の日々を送っていた。

その時。

運命の神は女神だというが、その女神は彼にもう一つの悪戯をしようとしていた。

第7話に続く)

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DATE : 2011.01.22 (Sat) 02:44
第4話より続く)

彼が初めて受けた英検準1級の二次試験の結果は、不合格Bであった。

一体何が原因だったか?
よくよく考えてみれば、彼が英語で誰かと話す機会といえば、2年前にケンタッキーへ短期留学したとき(それもたった3週間)を除けば、彼が生まれてこの方皆無に等しかった。
人間を相手に英語で話すというスキルが未発達であったのは、至極当然と言えよう。

その教訓を基に、彼はECCのフリータイムレッスンを受けることにした。
英検準1級の2次試験合格という、明確な目標のために。

半年分の受講料は彼にとって決して安い額ではなかったが、彼はためらわずにそれを払った。
どこかで見た「語学習得に重要なのは、時間と金をかけることである」という教えを受け入れていたからである。
問題集一冊にしろ、身銭を切って買うと取り組みの真剣さが全く違う。逆にいえば、生活の糧を投じている時点でその人は既に本気なのだ。

彼は宇宙飛行士になるために、時間と金とエネルギーという彼の持てる全てを注ぎ込んだ。
彼自身は自覚していなかったが、もしかすると彼はそんな自分に陶酔していたのかもしれない。
しかし、そこには単なるマスターベーション以上の何かがあったのではなかったか?

ECCのレッスンは一回40分程度で、毎回何かトピックを決めてネイティブ講師と話すという形式だった。
レッスン中に言おうとして言えなかったことをメモして、帰ってから調べるというのは一見地味な作業だが、それを通して少しずつ確実に会話力は鍛えられていく。
彼は週に1、2回そのレッスンを受けるのを楽しんだ。

1995年11月26日。
ECCのレッスンを受け始めてから3か月ほど経ったその日、彼は英検準1級の二次試験に再び挑んだ。
結果は合格であった。

では彼がペラペラ話せるようになったかといえば、それには程遠かった。
彼はまだ、英語で会話する(というよりは、それを試みると言う方が近いときも間々ある)とき、自分の意思をうまく伝えることができずにフラストレーションを感じることがほとんどだったからである。
宇宙飛行士が世界各国の同僚などと話すとなると、これではまだまだお話になるまい。

とはいえ、初対面の相手との挨拶から自己紹介への流れ、相手の話への相槌の打ち方や分からなかったときの尋ね方、言葉が詰まった時に「How can I say?(何て言ったらいいのかな)」などとかわすコミュニケーション技術を身につけたのは、おそらくこの頃だろう。
確かなことは、ECCでの約3か月のレッスンで、彼はネイティブを前にしても怖気づくことがなくなり、ある程度自身を持って接することができるようになったことだ。

1995年12月5日、彼は英検準1級の合格証書を手にした。
英語習得という山中にあって、準1級はまだその中腹に過ぎないが、2級の時よりは周りの景色がよく見える。
踊り場でひとときの清々しさを味わった後、彼は再び登山道に戻って上を見上げた。

山はようやくその頂き、あるいは彼にはそう映るもの、を現し始めた。

英検1級。

かつて彼にとって雲の上の存在であり、それを目指すなど畏れ多かったもの。
登り始めたときには見ることすらできなかったそれが、いま彼の眼前にある。


宇宙飛行士には、英語による流暢なコミュニケーション能力が求められる。
彼はここまでのところ、その習得に特に注力してきたようだ。
しかし、宇宙飛行士になるために彼がしていることは、それだけではなかった。

第6話に続く)

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DATE : 2011.01.21 (Fri) 03:05
第3話より続く)

彼が英検準1級を受験していた1995年。

一本の電話が彼にかかってきたのは、それに先立つこと1、2年前、彼が英語を学ぶ決意を固めた頃だったと思われる。
相手は彼の中学時代の見目麗しい同級生である。
彼女とはもう5年以上連絡が途絶えていた。

女子から電話をもらうことなど皆無に等しい肉食系非モテ男子の彼が狂喜したことは、言うまでもない。
彼にまつわる女性は三人あるが、そのうちの一人が彼女である。

***

彼女は外国からの帰国子女。
彼の中学校では、彼女の英語の発音に並ぶ者はいない。
文武両道に秀でていた彼女に、いつしか彼は好意と崇敬の念を抱くようになる。

彼女は誰にでも分け隔てなく接し、敵を作らず、誰からも愛されるタイプの人だった。
彼女が生徒会の副会長に立候補したとき、得票数を総なめにしたことが、それを裏付けている。
一方、生徒会長に立候補した彼はどうだったか。
5人の候補者が乱立する激戦ではあったが、人望もカリスマもない彼は、惨憺たる敗北を喫したのであった。
彼女は彼にとってあらゆる意味で眩しい存在であり、彼が自分自身を彼女よりも小さなものと認識していたのは、もっともなことだ。

いつだったか、彼女が将来獣医になりたいと言うのを彼は聞いた。
そのとき彼が何になりたいと思っていたかは、当の本人にすら定かではない。
ただそれが宇宙飛行士でなかったことは確かだろう。
なぜなら、彼はそんな大それた野望を抱く程の器ではなかったからである。

中学を卒業して、彼と彼女は別々の高校に進学した。
彼が自分の気持ちを伝える手紙を彼女に渡したのは、卒業式の日だったか。
数日後、彼の許には丁重なお断りの便りが届いた。

***

あれから5、6年後。
かつての憧れの人からの電話に、一体何の話かと受話器に耳を押しつけていた彼は、全身からアドレナリンを噴出させ、心拍増加、血圧上昇、瞳孔散大の前傾姿勢だったに違いない。
しかして彼女の話は、最近彼の大学の近くに妹と二人で下宿しているから、一度会おうということだった。
彼女の声が時々上ずっていることが、受話器越しにも分かる。

普通の人間であれば、この状況に何らかの意味を見出し、それを最大限に活用しようとするはずである。
ところが彼ときたら、この手のことにどうしようもないほどの鈍感男なのだ。
私が分析する限り、これが彼を非モテたらしめる主要な要因である。
このイライラするほど空気が読めない彼の性質は、今後も嫌というほど彼の好機を潰し続けることになる。

彼は彼女に会いには行ったものの、当たり障りのない世間話を延々と続けた挙げ句、次のアポを取り付けることなく「それじゃあ」などといって帰ってしまった。
世の中にこれ以上の愚行があるだろうか!?
私なら、絶対にそんなことはしない。
このとき彼はその決意を既にしていたにもかかわらず、宇宙飛行士を目指していることを彼女には伝えていない。まだ準備不足なことを十分に認識していたからである。

ところで彼が獣医学科の学生であるのは、偶然ではない。
賢明なる読者は大方お察しのことだろう。
彼女は、彼の運命を方向付けた女なのだ。
初対面の人にはなぜ獣医なのかをたいてい聞かれるが、その度に彼はしどろもどろになったものだ。
彼がその問いに対して社会人的な模範解答をスラスラ返せるようになるのは、まだ先のことである。

ちなみに5年前に獣医になりたいと言った彼女本人はといえば、某会社の社長秘書になったということだ。
何という運命の皮肉。

5年ぶりの再会の日から2、3週間の後、彼は偶然を装って彼女の下宿の前で「ばったり」彼女に出くわすのだが、彼女には何か用があったらしく、ろくに話もできないままバイバイとなってしまった。
無念。
当時まだストーカー規制法がなかったのは、彼にとって幸いだったか否か。。

それきり彼は二度と彼女に会うことはなかった。
彼女は彼の運命を変えた女ではあったが、運命の女ではなかった。
あれは、彼の前に忽然として現れて消えた、一時の甘美な奇跡。
だがそれでいいのだ。
彼女は、彼の記憶の中に生き続ける。永遠に美しいまま。


これで彼も英語の学習に集中できるというものだ。
果たして、心血を注いで彼が臨んだ英検準1級の二次試験の結果や如何に?

第5話に続く)

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Ken Takahashi

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 (飲むと通常の3倍陽気になる)
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■人生一度きり、悔いのないよう
大きな目標を目指したい。
■座右の銘:
意志あるところに道はひらける
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